“終わらない戦争の暁に-その6-”

拝啓 “戻り夏”をくりかえしつつ、秋がにわかに深まります。

 かつてソ連政府は、「規模の経済」にもとづいて、全土的な分業生産体制を構築しました。企業は特定の製品や部品の生産に特化し、ひとつの産業チェーンに組み込まれて独占的に生産していました。
 ところが、ソ連崩壊により、この分業の鎖が分断たれたのです。

 この20年、ロシアは崩壊した分業・自給体制を、グローバル貿易による調達に切り替え、西側の進んだ技術を採り入れて近代化を遂げました。それを後押ししたのが、2000年代前半の油価高騰だったことは言うまでもありません。

 ロシアのウクライナ侵攻後、西側はロシアの貿易金融の大半を担う大手銀行(最大手のズベルバンク、ロシア農業銀行を含む。ガスプロムバンクを除く)をSWIFT(国際銀行間通信協会)から排除しました。
 この制裁により、多くのロシア企業は必要な商品やサービスをグローバルに調達することがほとんどできなくなっています。いったん輸入が止まればどうなるか、容易に想像できます。毎月の貿易統計を公表しなくなったのも、そこを隠したいからでしょう。
 原油高で糊塗されて産業の実態は見えませんが、ロシア経済は確実にへばっているはずです。

 他方、この半年間の中国のロシアとの貿易を見ると、輸入(ロシアのエネルギー資源輸出)は急増していても、輸出(ロシアによる製品輸入)はそれほど伸びていません。
 対照的に、ロシアへの輸出が著しく増えているのは、むしろインドやベトナムなどの国々です。

 この戦争を機に、ロシアは資源と穀物の輸出をテコにして、いわば非アメリカ(アメリカにあらず)の“もうひとつの世界”の形成をめざします。ロシアが第三国経由で戦略物資の調達を目論む動きも指摘されています。
 やがて、この“もうひとつの世界”に、相互の共通利害に基づく、意外なネットワークが形成されるかもしれません。アンテナをいっそう高くしていく必要がありそうです。

 この数ヵ月、多くの方々からお問い合わせいいただいた拙著『通貨誕生-ウクライナ独立を賭けた闘い』(1994年、都市出版)が、12月に岩波現代文庫として、装いを新たに再出版されることになりました。
 この度、久しぶりに読み返しながら、現下の戦争の根底にある対立の要因が、実は30年前のウクライナ独立と同時にすでに存在し、顕在化していたことをあらためて痛感します。私自身のウクライナ観の、いわば“原点”とも言える本です。

 エコノミストは社会という大きな器に育てていただくものだと思っています。
 ひきつづきご指導、ご鞭撻を賜りますようお願いいたします。
 時節柄、どうぞご自愛くださいますように。

心をこめて

 2022年9月1日


『通貨誕生-ウクライナ独立を賭けた闘い』
(1994年、都市出版)

“終わらない戦争の暁に-その5-”

暑中、お見舞い申し上げます。

 早速ながら・・・
 2022年2月、ロシア軍は原油高を味方につけてウクライナへ侵攻しました。
 主要国がアフターコロナへ向ってエネルギー需給が逼迫するなかで、ロシアをめぐる地政学リスクが原油の先物価格を押し上げました。最近では、EU(欧州連合)がエネルギー資源の脱ロシア依存に動きだしたことで、上昇圧力はいっそう高まっています。

 はたして、原油価格はこれからどう動くか。
 鍵を握るのは、OPEC(石油輸出国機構)に他なりません。
 西側にとり、原油高はプーチン大統領へ塩を送るに等しいが、OPECは値崩れを恐れて増産へ動こうとはしません。2年前の“マイナス油価ショック”は、いまだ記憶に新しいですし、それにOPECは、そもそもロシア制裁そのものに与していないのです。

 プーチン大統領は、まるで油価がピークアウトするまえを見計らったかのようにウクライナ侵攻を決めました。だがしかし、高い原油は永遠ではないはずです。油価はいずれ下がります。それは、ロシア経済への決定打になるにちがいありません。

 この戦争によるグローバル規模の物価高騰はこれから本格化するでしょう。
 かたや、新型コロナは相変わらず世界を席巻しつづけています。中国は“ゼロコロナ”に固執するあまり、経済のエンジンを噴かせないでいます。IMF(国際通貨基金)は、2022年と2023年の日本を含む先進国の経済見通しについて、もう一段の下方修正を示唆しています。
 皮肉にも、世界の主要なエネルギー消費国の景気後退と不景気が、やがて現下の原油高をピークアウトさせるきっかけになるかもしれません。

 月刊『中央公論』9月号(8月初旬発売)に、小論「ロシア制裁は世界経済に何をもたらすか」を寄稿しました。
 この戦争はいったいいつ、どのように終わるのか?ご一読賜れば幸甚です。
 最後に、拙著『ロシアトヨタ戦記』には、多くの皆さまから温かい賛辞をいただきました。
 経済のグローバル化真っただ中を借景とする、ロシアにおけるトヨタの一時代の物語。
 同時代を生きる、ひとりでも多くの方々に読まれることを願って止みません。

 時節柄、どうぞご自愛くださいますように。

心をこめて

 2022年8月1日


盛岡の中津川畔で「風のカフェ」に出会う

プロフィール

西谷 公明(にしたに ともあき)

1953年生まれ

エコノミスト
(合社)N&Rアソシエイツ 代表

<略歴>

1980年 早稲田大学政治経済学部卒業

1984年 同大学院経済学研究科博士前期課程修了(国際経済論専攻)

1987年 (株)長銀総合研究所入社

1996年 在ウクライナ日本大使館専門調査員

1999年 帰任、退社。トヨタ自動車(株)入社

2004年 ロシアトヨタ社長、兼モスクワ駐在員室長

2009年 帰任後、BRロシア室長、海外渉外部主査などを経て

2012年 (株)国際経済研究所取締役・理事、シニア・フェロー

2018年 (合社)N&Rアソシエイツ設立、代表就任

メディア関連情報

各種インタビューや、講演以外の出演、テレビ出演、動画配信等の情報をお知らせします。

著書・寄稿

  • 最新著書

    ロシアトヨタ戦記

    中央公論新社、2021年12月刊行

    目次

    プロローグ
    第一章 ロシア進出
    第二章 未成熟社会
    第三章 一燈を提げて行く
    間奏曲 シベリア鉄道紀行譚
    第四章 リーマンショック、その後
    エピローグ
    あとがき

  • 著 書

    ユーラシア・ダイナミズム-大陸の胎動を読み解く地政学

    ミネルヴァ書房、2019年10月

    目次

    関係地図
    はしがき-動態的ユーラシア試論
    序 説 モンゴル草原から見たユーラシア
    第一章 変貌するユーラシア
    第二章 シルクロード経済ベルトと中央アジア
    第三章 上海協力機構と西域
    第四章 ロシア、ユーラシア国家の命運
    第五章 胎動する大陸と海の日本
    主要参考文献
    あとがき
    索 引

  • 著 書

    通貨誕生-ウクライナ独立を賭けた闘い

    都市出版、1994年3月

    目次

    はじめに
    序 章 ウクライナとの出会い
    第一章 ゼロからの国づくり
    第二章 金融のない世界
    第三章 インフレ下の風景
    第四章 地方周遊~東へ西へ
    第五章 ウクライナの悩み
    第六章 通貨確立への道
    第七章 石油は穀物より強し
    終 章 ドンバスの変心とガリツィアの不安
    後 記
    ウクライナ関係年表

  • NEW

    ロシア制裁は世界経済に何をもたらすか

    『中央公論』2022年9月号

  • NEW

    連載:ロシア・ウクライナ戦争(10)

    『ニュースソクラ』2022年8月28日

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  • NEW

    連載:ロシア・ウクライナ戦争(9)

    『ニュースソクラ』2022年8月14日

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  • NEW

    連載:ロシア・ウクライナ戦争(8)

    『ニュースソクラ』2022年8月2日

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  • NEW

    寄 稿

    連載:ロシア・ウクライナ戦争(7)

    『ニュースソクラ』2022年7月20日

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  • 寄 稿

    連載:ロシア・ウクライナ戦争(6)

    『ニュースソクラ』2022年6月30日

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  • 寄 稿

    連載:ロシア・ウクライナ戦争(5)

    『ニュースソクラ』2022年6月22日

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  • 寄 稿

    連載:ロシア・ウクライナ戦争(4)

    『ニュースソクラ』2022年6月5日

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  • 寄 稿

    連載:ロシア・ウクライナ戦争(3)

    『ニュースソクラ』2022年5月20日

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  • 寄 稿

    連載:ロシア・ウクライナ戦争(2)

    『ニュースソクラ』2022年5月6日

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  • 寄 稿

    連載:ロシア・ウクライナ戦争(1)

    『ニュースソクラ』2022年4月21日

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  • 寄 稿

    続・誰にウクライナが救えるか

    『世界』2022年5月臨時増刊号

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  • 寄 稿

    独立懸命のウクライナ-民心を見誤ったプーチン氏

    時事通信Janet・e-world 2022年3月1日

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  • 寄 稿

    欧州とロシアのはざま-ソ連崩壊から30年後の現状を見る

    nippon.com

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  • 寄 稿

    ロシア2021~経済と地政学から今後の行方を占う

    (講演録)海外投融資情報財団機関誌2022年1月号

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  • 寄 稿

    プーチンのロシア-有識者インタビューから考える

    太陽グラントソントン・エグゼクティブ・ニュース 2021年12月号

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  • 寄 稿

    対ロシア外交:求められる冷静な視点とは

    内外情勢調査会『J2TOP』2021年10月号

  • 寄 稿

    ユーラシアの静かなダイナミズムと海の日本

    未来を創る財団『みらい』2020年3月号

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  • 寄 稿

    ロシア、北の大国からの視界-中国と連携しつつ欧州との関係改善を模索

    時事通信Janet・e-world 2020年1月7日

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  • 寄 稿

    大国の内政に巻き込まれるウクライナ-元コメディアンの新大統領が直面する試練

    時事通信Janet・e-world 2019年10月30日

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  • 寄 稿

    連載:ユーラシア・ダイナミズム-中国とロシア、そして胎動する大陸

    ミネルヴァ通信『究』2017年4月号~2019年5月号

  • 寄 稿

    プーチン再選とユーラシア国家の命運

    『世界』2018年3月号

  • 寄 稿

    モスクワから見た日ロ交渉

    『世界』2016年9月号

  • 寄 稿

    対談:ウクライナの安定へ-世界を動かす日本外交の役割とは何か

    東郷和彦氏との対談、『世界』2014年10月号

  • 寄 稿

    誰にウクライナが救えるか

    『世界』2014年5月号

    記事を見る

  • 寄 稿

    ロシア極東開発の地政学

    『世界』2013年3月号

  • 寄 稿

    さらばキエフ、さらば長銀

    『中央公論』1999年1月号

  • 寄 稿

    Considering Russia’s Future

    “Japan SPOTLIGHT” May/June in 2018, Japan Economic Foundation

研究調査

ロシア、ウクライナ研究をオリジナル・グラウンドとし、 ユーラシア全体をキャンバスとする広域的なテーマを中心にして実践的な研究調査をおこなっています。

講 演

私は講演を一期一会のライブの語りと考えています。
ここ最近は、"陸と海との地政学"を基本コンセプトとして、ロシア情勢、ウクライナ情勢を中心に、両国の現場での経験談を織り交ぜながら、積極的に講演活動をおこなっています。

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西谷 公明

合同会社 N&R アソシエイツ 代表

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Email:nr-associates@mbr.nifty.com

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