“誰にウクライナが救えるか”

前略 梅雨明け、即猛暑!
最初に、

 去る6月22日、元トヨタ自動車取締役の林南八さんが逝去されました(享年82歳)。
 生前に賜りましたご厚誼に心から感謝申し上げますとともに、謹んで故人のご冥福を祈念申し上げる次第です。

合掌

 さて・・・、
 30年近く前、ウクライナの首都キーウ近郊の農村を訪れると、電柱の上でコウノトリが巣をつくっていました。コウノトリには幸福をもたらす言い伝えがあると聞きます。ウクライナのゼレンスキー大統領はコウノトリになれるでしょうか。

 欧州に兵器の予備はなく、ウクライナは兵士が足りず、トランプ大統領の米国はロシアと敵対することに気が進みません。近い将来、ウクライナはこの戦闘をロシア優勢の形で凍結させる決着を余儀なくされそうです。そしてNATOにも加盟できず、「はざまの国」のままであり続けるだろうと思います。

 国家財政も破綻しています。
 「2026年以降の予算の見通しが立ちません」。
 ウクライナ政府の知人はメールにそう書いて寄こしました。

 私は、ウクライナの人々が30年前の独立の原点にいま一度立ち返り、自ら主体的に「中立」の旗を掲げてはどうかと考えています。ロシアの圧力に屈するというのでは決してなく、永続的な平和と安定のために主権国家が取る選択として。
 私の考えを短くまとめて時事通信社から配信しました。
 ご笑覧賜れば幸いです (➡詳細はこちら)

 他方、少し先のことになりますが、11月と12月に跨って母校の早稲田大学オープンカレッジで5回シリーズの講演を予定しています。
 『誰にウクライナが救えるか-“はざまの国”の戦争と平和』

 この3年間のロシア・ウクライナ講演の締めとして、「ウクライナ戦争の終わり方」と「変わりゆく世界の現在地」を照らしてみたいと思います。詳細は追って本サイトでもご案内します。

 最後に先日、内外情勢調査会と千葉テレビの共同企画で、無印良品(株式会社良品計画)顧問の金井政明さんと対談しました。
 『ブランド志向、大衆消費社会へのアンチテーゼ:堤清二の哲学に学ぶ』

 元西武セゾングループ会長にして作家・詩人でもあった故堤清二氏(2013年没)は生前、次のように語っています。
「無印が成功したのは『反体制商品』だからだと思いますが、これぐらいビジネスマンに浸透しなかった言葉はありません」(『わが記憶、わが記録:堤清二・辻井喬オーラルヒストリー』 御厨貴、他編)

 わけあって安い。漢字4字に込めた思い。資本主義とたたかいつつ、資本主義のなかでもがく。化粧品企画にまつまるエピソードなど、金井政明さんに語って頂きました。千葉テレビで7月26日(土)午前7:30~8:00に放送、同時にチバテレ公式YouTubeでも公開予定です。ご高覧ください。

 ところでオーラルヒストリーの後記を読んで、御厨貴氏によるインタビューが、なんと私自身が長くお世話になってきた元月刊『中央公論』編集長の宮一穂さんの尽力によるものだったことを知りました。そして中央公論新社刊のその本の装幀は、これも同社刊の私の著作『ロシアトヨタ戦記』と奇しくも同じ、間村俊一さんによるとても素敵なものでした。めぐり合わせという他ありません。

 本オフィシャルサイトは、これまでお世話になった、あるいは一期一会のご縁に与かったすべての皆さまに宛てて、日頃のご無沙汰をお詫びしつつ、毎月1日にご挨拶に代えて更新しています。

 時節柄、どうぞご自愛くださいますように。

心をこめて

 2025年7月1日

西谷公明


コウノトリはいま、どこに

“ロシアの主張と真摯に向きあう時”

前略 梅雨の候。
皆さまには、つつがなくお過ごしのことと拝察します。

 元外交官の東郷和彦さんが、「ウクライナ和平の動向」と題して、『魚の目』 (ノンフィクションライターの魚住昭氏が主宰するウェブマガジン)に連載で寄稿されています。
 トランプ2.0がスタートした1月20日を起点とし、外交による停戦・和平への道筋をなぞりつつ、節目ごとのできごとを公開資料に基づいて記録に残そうとしておられます。

 東郷さんが、かつて日本の対ロシア外交の最前線で活躍されたことは言うまでもありません。
 私は30年以上前、当時在ロシア日本大使館で次席公使をされていた同氏とウクライナの首都キーウではじめてお会いし、その後、在ウクライナ日本大使館で専門調査員として勤務していた時期、外務省の欧亜局審議官だった同氏に大変お世話になりました。

 メディア空間では、ウクライナ戦争を、2022年2月末のロシアによるウクライナ侵攻を起点に論じることが一般的です。いきおいウクライナについてあまり知らない人たちが、「侵略戦争」という切り口で、また判官贔屓(びいき)の国民性もあり、ロシアの邪悪と、戦渦のウクライナで暮らす人々の不幸と悲哀、あるいは強さ、国際社会の正義を声高に論じることが主流となりました。

 もちろん、そのこと自体が間違っているとは思いません。
 が、私はそれにずっと違和感を覚えてきたひとりでもあります。

 連載第15回(5月21日掲載)の副題は、「プーチンに生まれた1インチの優位」でした。東郷さんは、5月半ばにトルコのイスタンブールを舞台に演じられたロシアとウクライナの鍔(つば)ぜり合いに触れるなかで、日本のメディアの報道と専門家による解説を批判しています。  

 「15日および16日夜の日本のテレビ放送の解説では、筆者がフォローしたかぎり、どのコメンテーターからも、22年イスタンブール合意が仮調印までいった貴重な合意だったにもかかわらず、英・米の介入によって崩れたという、いまや公知の歴史的真実を報道するところはなかった。とても残念なことに思える」

 ロシアがウクライナへ軍事侵攻してまもない22年3月末のこと。
 当時、イスタンブールでおこなわれた停戦協議が大詰めを迎えた段階でつぶれた背景に、ジョンソン英首相とバイデン米大統領(ともに当時)による抗戦継続への助言がありました。
 その事情を23年11月、停戦協議でウクライナ交渉団の代表をつとめたD.アルハミヤ氏(ゼレンスキー政権与党の議会代表でもある)が現地紙のインタビューで明らかにしています。

 「我々がイスタンブールから戻った後、ボリス・ジョンソンが4月9日にキーウへ到着した。彼は、『我々は(ロシアと)何ひとつ協定を締結するつもりはない。戦いを続けるべきだ』 と言った」(Ukrainska Pravda, Nov.24 ‘23)。

 ちなみに、ジョンソン元首相はこれに反論しますが、この事実は米紙記者の調査によっても明らかにされています(WSJ, Jan.5 ‘24)。

 ウクライナによる抗戦はその後、米・英 vs ロシアの代理戦争へと位相を変えました。22年春以降、アメリカとイギリスがどのようにウクライナに対する軍事支援を本格化させていったかは、先月の本サイトでとりあげた米紙ニューヨーク・タイムズの記事へと時系列で続きます。

 さて、1999年に専門調査員の任期を終えてウクライナから帰国した後、私はトヨタ自動車へ入社します。東郷さんが、かの鈴木宗男事件のさなかにオランダ大使としてデン・ハーグへ赴任するも、2002年に同事件とのからみで罷免されたことを、私は風の便りで知りました。

 そして、それから長い時間を経た2013年のある日、日本国際フォーラムの故伊藤憲一氏が主宰する懇話会で同氏と遭遇し、久しいご無沙汰をお詫びしつつ、旧交を温めることになるのでした。
 同氏がオランダから日本へ帰ることなく(検察による身柄の拘束を怖れた由)、知己を頼りに欧米やアジアの大学を流々転々とし、研究者として武者修行を積まれたこともそのとき知りました。

 この戦争は、代理戦争の当事者だったアメリカが調停者として立場をひるがえしたことにより、梯子を外された形のウクライナとヨーロッパ主要国が、ロシアとのあいだで停戦への主導権を競い合う情報戦の様相を呈しています。

 ロシアを「邪悪な国」としてただ拒むのではなく、私たちはロシアの主張に対しても、いま一度真摯に向き合う必要があるのではないか。日本政府には、そういう役割を果たして欲しい。東郷さんの論考を読んでの感想です。
 (東郷和彦氏の論考は、こちら

 時節柄、どうぞご自愛くださいますように。

心をこめて

 2025年6月1日

西谷公明


商店街を彩る花屋の店先

プロフィール

西谷 公明(にしたに ともあき)

1953年生まれ

エコノミスト
(合社)N&Rアソシエイツ 代表

<略歴>

1980年 早稲田大学政治経済学部卒業

1984年 同大学院経済学研究科博士前期課程修了(国際経済論専攻)

1987年 (株)長銀総合研究所入社

1996年 在ウクライナ日本大使館専門調査員

1999年 帰任、退社。トヨタ自動車(株)入社

2004年 ロシアトヨタ社長、兼モスクワ駐在員室長

2009年 帰任後、BRロシア室長、海外渉外部主査などを経て

2013年 (株)国際経済研究所取締役・理事、シニア・フェロー

2018年 (合社)N&Rアソシエイツ設立、代表就任

What's New

最新ニュース

  • 出 演

    千葉テレビ「The mix talk」

    「ブランド志向、大量消費社会へのアンチテーゼ:堤清二の哲学に学ぶ」
    (株)良品計画 顧問 金井政明氏 × エコノミスト 西谷公明
    2025年7月26日  午前7:30~8:00 放送

  • コラボ

    中国ウォッチ(34)

    混迷深まる世界と中国~ある中国人研究者との対話

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  • 寄 稿

    誰がウクライナを救えるのか

    時事通信『コメントライナー』 2025年6月30日

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  • コラボ

    中国ウォッチ(33)

    【妄想】5月8日習・プーチン会談

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著 書

  • ウクライナ 通貨誕生-
    復 刊

    ウクライナ 通貨誕生-
    独立の命運を賭けた闘い

    岩波現代文庫、2023年1月

  • ロシアトヨタ戦記

    著 書

    ロシアトヨタ戦記

    中央公論新社、2021年12月

    詳細を見る

    目次

    プロローグ
    第一章 ロシア進出
    第二章 未成熟社会
    第三章 一燈を提げて行く
    間奏曲 シベリア鉄道紀行譚
    第四章 リーマンショック、その後
    エピローグ
    あとがき

  • ユーラシア・ダイナミズム-

    著 書

    ユーラシア・ダイナミズム-
    大陸の胎動を読み解く地政学

    ミネルヴァ書房、2019年10月

    詳細を見る

    目次

    関係地図
    はしがき-動態的ユーラシア試論
    序 説 モンゴル草原から見たユーラシア
    第一章 変貌するユーラシア
    第二章 シルクロード経済ベルトと中央アジア
    第三章 上海協力機構と西域
    第四章 ロシア、ユーラシア国家の命運
    第五章 胎動する大陸と海の日本
    主要参考文献
    あとがき
    索 引

  • 通貨誕生-ウクライナ独立を賭けた闘い

    著 書

    通貨誕生-
    ウクライナ独立を賭けた闘い

    都市出版、1994年3月

    詳細を見る

    目次

    はじめに
    序 章 ウクライナとの出会い
    第一章 ゼロからの国づくり
    第二章 金融のない世界
    第三章 インフレ下の風景
    第四章 地方周遊~東へ西へ
    第五章 ウクライナの悩み
    第六章 通貨確立への道
    第七章 石油は穀物より強し
    終 章 ドンバスの変心とガリツィアの不安
    後 記
    ウクライナ関係年表

研究調査

ロシア、ウクライナ研究をオリジナル・グラウンドとし、 ユーラシア全体をキャンバスとする広域的なテーマを中心にして実践的な研究調査をおこなっています。

講 演

「ロシアとウクライナ」を軸として、冷戦終結後の30年を振り返りつつ、(一社)内外情勢調査会をはじめさまざまな場所で、心に響く講演を心がけて発信しています。

西谷公明オフィシャルサイト
Tomoaki Nishitani official site

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