“パートナーシップ:ウクライナ戦争秘史”

前略 新緑の候。
皆様にはお変わりなく、益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。

早速ですが・・・。

 「これは、ロシアの侵略軍に対するウクライナの軍事作戦をめぐる、アメリカの隠された役割についての語られざる物語である」

 アメリカは、いかにしてこの戦争を指揮・指導し、操作し、ついに失敗したか。「パートナーシップ」と題する長文レポート(米ニューヨーク・タイムズ電子版 3月29日付、アダム・エントス記者)は、世界300名におよぶ関係者へのインタビューにより、細部までそれを明るみに出して衝撃的です。

 物語は、まずF.フォーサイスのスパイ小説さながら、ロシアによるウクライナ侵攻が始まって2ヵ月後の2022年春のある朝、キーウの街角に覆面車列が滑り込んで、ふたりの紳士をひろうシーンから始まります。

 平服姿のふたりのウクライナ軍人は、イギリス軍特殊部隊に警護されて西ウクライナへ向かい、車内で外交官パスポートを渡されてポーランド国境を越え、ドイツのヴィースバーデンにある米軍ヨーロッパ・アフリカ本部のクレイ・カゼルネへ案内されます。

 そして、そこで彼らを迎えた米軍第18空挺師団司令官のC.ドナヒュー将軍との出会いが、その後秘かに始まる情報、作戦、計画、技術におけるパートナーシップを約束することになるのでした。

 「『ニューヨーク・タイムズ』 紙の調査によれば、アメリカはこれまで理解されていたよりもはるかに緊密かつ広範に戦争に巻き込まれていたことが明らかになった。重大な局面で、このパートナーシップはウクライナの軍事作戦の屋台骨となった。ヴィースバーデンの作戦司令部では、米軍将校とウクライナ軍将校が肩をならべて作戦を立案した。アメリカの厖大な諜報力は、戦闘全体の大局的戦略の指針になるとともに、的確な標的情報を前線のウクライナ兵に伝えた」

 ヨーロッパの諜報機関のある責任者は、NATOの同僚がウクライナにおける作戦にこれほど深く関わっていることを知って驚愕したと振り返り、「彼らは、いまや『キル・チェーン』(殺しの鎖)の一部だ」 と語っています。

 そして記事は、こう続けます。

 「ある意味で、ウクライナは1960年代のベトナム、1980年代のアフガニスタン、そして30年後のシリアというように、米ロの代理戦争の長い歴史における再戦でもあったのだ」

 参考まで、同記事の全文コピーを添付します。 詳細はこちら
 ちなみに同紙はこれまでにも、CIAが2014年のマイダン政変後、ウクライナ東部の12ヵ所に秘密の直轄基地を設けてウクライナ紛争に初期から関与し、情報幹部を養成してきたことなどを明らかにしています(2023年2月28日付)。

 この3年間、バイデン米前大統領と西側は「ロシアに勝たせてはならない」と主張して、ウクライナが勝利すること以外に、この戦争を終える見通しを持ち得ませんでした。半面、それはアメリカと西側自身が、ウクライナを限りなく支援しつづけることで事実上、この戦争の間接的な当事者になりかわっていた事情を物語ります。

 つまり、西側の政治リーダーたちは、価値観外交の呪縛から逃れられなかった。

 他方、ウクライナの現実は、すでに十分煮詰まっています。それでもこの国が国家として生き永らえていられるのは、ひとえに日本を含む西側ドナーによる「財政支援」という名の「輸血」が施されてきたためでした(下図を参照)。

 果たして、トランプ米大統領による停戦の試み(はっきり言うと、「損切り」です)が、公約どおり半年以内に成就するか。それは、どちらでもよいことです。戦争は、もう終わったのです。そしてプーチンのロシアは5月9日、対ナチス戦勝80周年記念日を迎えます。視線を「ウクライナ戦争後」へ向けるべき時です。

 本オフィシャルサイトは、これまでお世話になった、あるいは一期一会のご縁に与かったすべての皆さまに宛てて、日頃のご無沙汰をお詫びしつつ、毎月1日にご挨拶に代えて更新しています。

 少し長くなりました。
 時節柄、どうぞご自愛くださいますように。

心をこめて

 2025年5月1日

西谷公明


新緑の東板橋公園

平和の地政学

拝啓 近所の商店街は春色です。
皆様には益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。

 停戦後の制裁緩和を期待してか、ロシア・ルーブルが買われています。ルーブルはドルに対し、年初以来3ヵ月で25%も上昇しました(下図)。


 ところで、ウクライナ戦争の実相について、米コロンビア大学のジェフリー・サックス教授が去る2月19日、 『平和の地政学』 と題して欧州議会で講演し、話題になっています(YouTube動画が地球上を駆け巡っている!)。

 同教授は、まずクリントン政権(1993‐2001)によるNATO(北大西洋条約機構)の東方拡大決定から紐解きます。
 そして、ウクライナにおけるマイダン政変(2014年2月)へのアメリカの関与、翌年のミンスク停戦合意(15年2月)の不履行などについて述べます。

 さらに、ロシアによる侵攻前の最後通牒となったプーチン大統領による安全保障協定案の提示(21年12月)と、それに対して無視を決め込んだバイデン政権幹部との電話でのやりとり、侵攻ひと月後にトルコの仲介でおこなわれた和平協議(22年3月末)が流れた経緯などに言及しつつ、何よりもアメリカがこの30年間に世界でおこなってきたことと、その背景にあった一極支配主義の論理について率直に語ります。

 そして、欧州に対してアメリカ追従の戦争政策を転換し、ロシアや中国を含む国々と独自の外交関係を再構築する必要性を説きました。

 「私がそう話すのは、私の見解が二次情報やイデオロギーに基づくものではなく、私自身が直接目にし、経験してきたことに基づいているからだ」

 こう前置きして語る内容には説得力があります。

 ついでながら、1993年から94年にかけての時期、同教授はウクライナ政府に対して価格自由化と緊縮政策の実施をすすめ、ハイパーインフレ収束と通貨「フリブナ」導入(96年9月)への道筋をつけました。私自身も、この時期、キーウを訪れて同氏と会見しています。

 ロシアによるウクライナ侵攻を、西側はどうして防げなかったのか。ロシアのみを「悪」と断じ、ただ拒絶するのではなく、アメリカと西側自身を鏡に映して考える。ぜひとも、ご視聴をお薦めする次第です。
 その模様はこちら

 この戦争が、ウクライナを戦場とするロシアとアメリカ&NATOの代理戦争であるという見方は、決して「ナラティブ」(物語の力を利用した意味づけ)などではありません。トランプ政権が誕生し(たとえ、その性格がどうであれ)、アメリカによる一極支配主義が終わろうとするいま、ウクライナ戦争に漸く出口が見えてきたことは歴史の必然と言えるでしょう。

 ヨーロッパがロシアとの対話を再開し、善隣関係をリセットすることこそが、ヨーロッパ自身の利益になるという同教授の意見に賛成です。同時にそれが、「はざまの国」 ウクライナに永続的な平和と安定をもたらす道でもあると私は考えています。

 他方、ウクライナは主権を守り、領土を守り、国民の命を守る。そのために、30年前の独立の原点に立ち返って、「中立」の旗を掲げてはどうか。ロシアの圧力に屈するのでは決してなく、主権を守るための主体的な選択として。

 ロシアと戦い続けることを、ヨーロッパにおけるウクライナの存在意義にしてはなりません。

 小論を「現代ビジネス」へ寄稿しました。
 「コウノトリが棲む国の、将来における『中立国』という選択肢」
 ご笑覧賜れば幸甚です。記事を見る

 本オフィシャルサイトは、これまでお世話になった、あるいは一期一会のご縁に与かったすべての皆さまに宛てて、日頃のご無沙汰をお詫びしつつ、月のはじめにご挨拶に代えて更新しています。

 時節柄、ご自愛くださいますように。

心をこめて

 2025年4月1日

西谷公明


長崎、丸山町にて幕末の志士を偲ぶ

プロフィール

西谷 公明(にしたに ともあき)

1953年生まれ

エコノミスト
(合社)N&Rアソシエイツ 代表

<略歴>

1980年 早稲田大学政治経済学部卒業

1984年 同大学院経済学研究科博士前期課程修了(国際経済論専攻)

1987年 (株)長銀総合研究所入社

1996年 在ウクライナ日本大使館専門調査員

1999年 帰任、退社。トヨタ自動車(株)入社

2004年 ロシアトヨタ社長、兼モスクワ駐在員室長

2009年 帰任後、BRロシア室長、海外渉外部主査などを経て

2013年 (株)国際経済研究所取締役・理事、シニア・フェロー

2018年 (合社)N&Rアソシエイツ設立、代表就任

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  • 講 演

    陸と海と-ウクライナ戦争の終結に寄せる

    (一社)内外情勢調査会 長崎・佐世保・諫早支部懇談会

    2025年3月11日,12日 ホテルニュー長崎、他

    概要はこちら

著 書

  • ウクライナ 通貨誕生-
    復 刊

    ウクライナ 通貨誕生-
    独立の命運を賭けた闘い

    岩波現代文庫、2023年1月

  • ロシアトヨタ戦記

    著 書

    ロシアトヨタ戦記

    中央公論新社、2021年12月

    詳細を見る

    目次

    プロローグ
    第一章 ロシア進出
    第二章 未成熟社会
    第三章 一燈を提げて行く
    間奏曲 シベリア鉄道紀行譚
    第四章 リーマンショック、その後
    エピローグ
    あとがき

  • ユーラシア・ダイナミズム-

    著 書

    ユーラシア・ダイナミズム-
    大陸の胎動を読み解く地政学

    ミネルヴァ書房、2019年10月

    詳細を見る

    目次

    関係地図
    はしがき-動態的ユーラシア試論
    序 説 モンゴル草原から見たユーラシア
    第一章 変貌するユーラシア
    第二章 シルクロード経済ベルトと中央アジア
    第三章 上海協力機構と西域
    第四章 ロシア、ユーラシア国家の命運
    第五章 胎動する大陸と海の日本
    主要参考文献
    あとがき
    索 引

  • 通貨誕生-ウクライナ独立を賭けた闘い

    著 書

    通貨誕生-
    ウクライナ独立を賭けた闘い

    都市出版、1994年3月

    詳細を見る

    目次

    はじめに
    序 章 ウクライナとの出会い
    第一章 ゼロからの国づくり
    第二章 金融のない世界
    第三章 インフレ下の風景
    第四章 地方周遊~東へ西へ
    第五章 ウクライナの悩み
    第六章 通貨確立への道
    第七章 石油は穀物より強し
    終 章 ドンバスの変心とガリツィアの不安
    後 記
    ウクライナ関係年表

研究調査

ロシア、ウクライナ研究をオリジナル・グラウンドとし、 ユーラシア全体をキャンバスとする広域的なテーマを中心にして実践的な研究調査をおこなっています。

講 演

「ロシアとウクライナ」を軸として、冷戦終結後の30年を振り返りつつ、(一社)内外情勢調査会をはじめさまざまな場所で、心に響く講演を心がけて発信しています。

西谷公明オフィシャルサイト
Tomoaki Nishitani official site

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