“終わらない戦争の暁に-その4-”

拝啓 日本の夏はすっかり趣きがなくなりました。ただ炎のごとく暑いだけです。

 いかなる戦争にも終わりは来ます。
 問題は、それがいつ、どのように訪れるか。
 ウクライナが戦いつづけることができるのは、アメリカとNATOによる強力で、かつ効果的な援護あればこそ。兵器の補給がなければウクライナは持ち堪えられないが、アメリカやNATOといえども、永遠にそれをつづけられるわけではありません。

 それに、“開戦”から4ヵ月以上が過ぎて、EU主要国からは“ゼレンスキー疲れ”の声も聞えます。EU経済は、対ロ制裁のブーメランがもたらした物価高に直撃されています。この冬には、深刻なエネルギー危機に見舞われるかもしれません。

 6月末にG7、つづいてNATOと、米・欧・日を中心とする首脳会議が相次ぎました。会議では、共同声明や首脳宣言が発せられました。メッセージは常に威勢がいいものです。機微にふれることがらは、そもそも公表されないことは言うまでもありません。

 実はこれまでも、ロシアとの相互依存関係を保持したいEU主要国にとって、ウクライナは言うなれば“厄介な国”でもありました。

 EUは、マイダン革命(2014年2月)の背景にあった、ヤヌコヴィッチ前親ロシア政権下におけるおびただしい汚職や腐敗にずっと目をつぶってきたし、ロシアがクリミアを武力併合(同年3月)した後は、ロシアに対してその返還を表立って取沙汰することを避けてきました。
 他方、ここへ至るドンバス内戦に関しては、ミンスク合意の実行をゼレンスキー政権に迫ることもせず、EU域内へのビザなし入国を認める(2017年5月)ことで、ウクライナ国民の“ガス抜き”を図ってきたのでした。

 しかし、ロシアによるウクライナ侵攻は、そうしたEU主要国とロシアの関係を決定的に変えました。エネルギー資源の脱ロシア依存をめざすEUの決意は、いまや不退転のように見えます。

 制裁によって、ロシアはさらに深く傷つき、ながく国際社会から孤立するにちがいありません。バイデン大統領は秋の中間選挙を見据え、同盟の結束と“全体主義に対する民主主義の勝利”を訴えて、ロシアをいっそう追い詰めようとするでしょう。

 けれどもアメリカは、もはやかつての“超大国アメリカ”ではない。西側世界にとってより大きな問題が、強大化したもうひとつの全体主義国家中国への対処と、米・中の対立と競争にある点に変わりありません。

 結局、この戦争を終えられるのはウクライナではないのです。
 G7サミットの隠れたテーマは“停戦への道筋”だったはずです。

 最後に、拙著『ロシアトヨタ戦記』には、多くの皆さまから温かい賛辞をいただきました。
 日本の「失われた20年」と呼ばれる時代の物語。
 ひとりでも多くの人々に読まれることを願って止みません。
 時節柄、どうぞご自愛くださいますように。


心をこめて

 2022年7月1日


米沢の小野川温泉を訪れる

“終わらない戦争の暁に-その3-”

拝啓 梅雨の季節です。

 「経済制裁は効いているのですか?」
 講演で、よくそう訊かれます。
 「まちがいなく効いています」
 ロシアは、自由な貿易が制限されて経済が縮小し、国際的な資本市場からも排除されて、経済を維持するために必要な原材料や製品の調達が困難になっています。

 たしかに、通貨防衛策が効を奏し、ルーブルはすっかり安定を取り戻しました。いまでは、ドルに対してウクライナ侵攻前よりも高くすらなっています(62.3RUB/USD、5月31日時点 vs 74.9RUB/USD、2月16日時点)。

 けれどもそれは、市場におけるドル需要がそれだけ減った、つまり輸出(ルーブル買い)との比較において輸入(ドル買い)が減少しているために他なりません。企業は必要な商品やサービスをグローバルに調達することがほとんどできなくなっているのです。
 また、多くの米・欧・日のグローバル企業は、ロシアでの生産や販売、サービスの提供を停止しています。早々と撤退を決めた企業も少なくありません。

 自動車業界では、商品の在庫を売り切って、販売店のショールームは閑散としています。4月の新車販売台数は、前年同月比でなんと78.5%も減少したそうです(モスクワの欧州自動車評議会)。そのうえ、修理サービス部品はおろか、保証サービス部品の入手もままならないため、メーカーは販売ネットワークの維持が困難になっています。

 外資系企業はロシアへの送金ができないなかで、いまは現地法人の「タンス資金」で給料を払うことはできても、やがてはそれも底を突く。多くの雇用が失われ、所得は減少するでしょう。ロシア経済はダイナミズムを削がれて小さく衰えていくにちがいありません。

 ロシア中銀は2022年のGDP成長率をマイナス8-10%と予測し、ロシア財務省は最悪の場合マイナス12%も後退すると予測しています。

 もっとも、物流について、抜け穴がないわけではありません。
 陸伝いの物流は止めようもないからです。特に、カザフスタンやキルギスとは、ロシアは「ユーラシア経済連合」にもとづく関税同盟を形成しています。中東のドバイ経由の陸上輸送ルートは以前から定着していますし、中国とロシアを結ぶ直行型の「中欧班列」もほぼ支障なく運行されています。中国やアジアや中近東からモノは流れています。

 陸伝いの物流は止めようもありません。

 ロシアトヨタ勤務時代、経済危機のまえには自動車がよく売れました。ルーブルが下落するまえにモノに換えておこうとするのは、いかにもロシア人らしい消費行動パターンですが、そんなときウラルやシベリアの顧客が南のカザフスタンへ車を買いに行くことはよくありました。また、モスクワの部品マーケットを訪れると、中東から輸入されたメーカー純正部品が溢れていたものです。

 ロシア政府は、事業を停止した米・欧・日ブランドを指定して並行輸入を奨励しますが、ドルやユーロでの決済ができないため、いまのところ個人輸入の域を越えるほどではないようです。

 かたやロシアではいま、中国車が飛ぶように売れているそうです。中国メーカーは売り手市場で急速にシェアを伸ばしているといいます(同上)。かのクリミアでは、中国メーカーがEV(電気自動車)のカーシアリングをはじめたとも伝えられます。
 ロシアは、中国への資源の供給基地、中国製品の市場へ向かっているようです。

 最後に、拙著『ロシアトヨタ戦記』には、多くの皆さまから温かい賛辞をいただきました。
 日本全国のひとりでも多くの人々に読まれることを願って止みません。
 時節柄、どうぞご自愛くださいますように。

心をこめて

 2022年6月1日


初夏の荒川河川敷

プロフィール

西谷 公明(にしたに ともあき)

1953年生まれ

エコノミスト
(合社)N&Rアソシエイツ 代表

<略歴>

1980年 早稲田大学政治経済学部卒業

1984年 同大学院経済学研究科博士前期課程修了(国際経済論専攻)

1987年 (株)長銀総合研究所入社

1996年 在ウクライナ日本大使館専門調査員

1999年 帰任、退社。トヨタ自動車(株)入社

2004年 ロシアトヨタ社長、兼モスクワ駐在員室長

2009年 帰任後、BRロシア室長、海外渉外部主査などを経て

2012年 (株)国際経済研究所取締役・理事、シニア・フェロー

2018年 (合社)N&Rアソシエイツ設立、代表就任

メディア関連情報

各種インタビューや、講演以外の出演、テレビ出演、動画配信等の情報をお知らせします。

著書・寄稿

  • 最新著書

    ロシアトヨタ戦記

    中央公論新社、2021年12月刊行

    目次

    プロローグ
    第一章 ロシア進出
    第二章 未成熟社会
    第三章 一燈を提げて行く
    間奏曲 シベリア鉄道紀行譚
    第四章 リーマンショック、その後
    エピローグ
    あとがき

  • 著 書

    ユーラシア・ダイナミズム-大陸の胎動を読み解く地政学

    ミネルヴァ書房、2019年10月

    目次

    関係地図
    はしがき-動態的ユーラシア試論
    序 説 モンゴル草原から見たユーラシア
    第一章 変貌するユーラシア
    第二章 シルクロード経済ベルトと中央アジア
    第三章 上海協力機構と西域
    第四章 ロシア、ユーラシア国家の命運
    第五章 胎動する大陸と海の日本
    主要参考文献
    あとがき
    索 引

  • 著 書

    通貨誕生-ウクライナ独立を賭けた闘い

    都市出版、1994年3月

    目次

    はじめに
    序 章 ウクライナとの出会い
    第一章 ゼロからの国づくり
    第二章 金融のない世界
    第三章 インフレ下の風景
    第四章 地方周遊~東へ西へ
    第五章 ウクライナの悩み
    第六章 通貨確立への道
    第七章 石油は穀物より強し
    終 章 ドンバスの変心とガリツィアの不安
    後 記
    ウクライナ関係年表

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    連載:ロシア・ウクライナ戦争(6)

    『ニュースソクラ』2022年6月30日

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    連載:ロシア・ウクライナ戦争(5)

    『ニュースソクラ』2022年6月22日

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    連載:ロシア・ウクライナ戦争(4)

    『ニュースソクラ』2022年6月5日

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    寄 稿

    連載:ロシア・ウクライナ戦争(3)

    『ニュースソクラ』2022年5月20日

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    寄 稿

    連載:ロシア・ウクライナ戦争(2)

    『ニュースソクラ』2022年5月6日

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  • 寄 稿

    連載:ロシア・ウクライナ戦争(1)

    『ニュースソクラ』2022年4月21日

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  • 寄 稿

    続・誰にウクライナが救えるか

    『世界』2022年5月臨時増刊号

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  • 寄 稿

    独立懸命のウクライナ-民心を見誤ったプーチン氏

    時事通信Janet・e-world 2022年3月1日

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  • 寄 稿

    欧州とロシアのはざま-ソ連崩壊から30年後の現状を見る

    nippon.com

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  • 寄 稿

    ロシア2021~経済と地政学から今後の行方を占う

    (講演録)海外投融資情報財団機関誌2022年1月号

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  • 寄 稿

    プーチンのロシア-有識者インタビューから考える

    太陽グラントソントン・エグゼクティブ・ニュース 2021年12月号

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  • 寄 稿

    対ロシア外交:求められる冷静な視点とは

    内外情勢調査会『J2TOP』2021年10月号

  • 寄 稿

    ユーラシアの静かなダイナミズムと海の日本

    未来を創る財団『みらい』2020年3月号

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  • 寄 稿

    ロシア、北の大国からの視界-中国と連携しつつ欧州との関係改善を模索

    時事通信Janet・e-world 2020年1月7日

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  • 寄 稿

    大国の内政に巻き込まれるウクライナ-元コメディアンの新大統領が直面する試練

    時事通信Janet・e-world 2019年10月30日

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  • 寄 稿

    連載:ユーラシア・ダイナミズム-中国とロシア、そして胎動する大陸

    ミネルヴァ通信『究』2017年4月号~2019年5月号

  • 寄 稿

    プーチン再選とユーラシア国家の命運

    『世界』2018年3月号

  • 寄 稿

    モスクワから見た日ロ交渉

    『世界』2016年9月号

  • 寄 稿

    対談:ウクライナの安定へ-世界を動かす日本外交の役割とは何か

    東郷和彦氏との対談、『世界』2014年10月号

  • 寄 稿

    誰にウクライナが救えるか

    『世界』2014年5月号

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  • 寄 稿

    ロシア極東開発の地政学

    『世界』2013年3月号

  • 寄 稿

    さらばキエフ、さらば長銀

    『中央公論』1999年1月号

  • 寄 稿

    Considering Russia’s Future

    “Japan SPOTLIGHT” May/June in 2018, Japan Economic Foundation

研究調査

ロシア、ウクライナ研究をオリジナル・グラウンドとし、 ユーラシア全体をキャンバスとする広域的なテーマを中心にして実践的な研究調査をおこなっています。

講 演

私は講演を一期一会のライブの語りと考えています。
ここ最近は、"陸と海との地政学"を基本コンセプトとして、ロシア情勢、ウクライナ情勢を中心に、両国の現場での経験談を織り交ぜながら、積極的に講演活動をおこなっています。

"ロシア・ウクライナ戦争"、"陸と海の地政学"をキーテーマに、ロシアとウクライナ両国での滞在経験にもとづいて積極的に講演活動をおこなっています。

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西谷 公明

合同会社 N&R アソシエイツ 代表

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Email:nr-associates@mbr.nifty.com

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