“G7広島サミットへ寄せる”

拝啓 風薫る5月。
「停戦」の声は、「正義」を掲げる勇ましい声にかき消されます。

 2022年2月24日、ロシアはウクライナへ軍事侵攻しました。世界最大の核保有国であり、同時に第二次世界大戦後の国際秩序を支えるべき国連安全保障理事会において常任理事国の地位にありながら。
 プーチン大統領は「正義」の道を踏み外しました。
 そこで米国と西側はロシア「征伐」に乗り出しました。同時にウクライナを支持し、在庫が払底するほどの膨大な量の兵器を与えて対ロシアの抗戦を援護する。現下の戦争は、要するに、そういうことです。

 とはいえ、何よりもバイデン大統領と米国民に、大西洋を隔てたウクライナと「心中」するほどの覚悟があるとは思えません。
 それにドイツやフランス、イタリアはじめ多くの欧州有力国にとっても、本当は厄介で悩ましい問題でしかないはずです。欧州にとり、ウクライナ問題はこの戦争が始まる以前からずっとそうでした。

 他方、ロシア財政は原油輸出収入の減少と戦費の増加で苦境を呈しています。
 それでもロシアは、22年9月末に一方的に併合を宣言した一帯を守り抜こうとするでしょう。クリミアを手放すこともないはずです(クリミアについては「ニュースソクラ」連載を参照)。詳細はこちら
 かたやウクライナ経済は半ば破綻していますが、西側はこの国の経済をいつまでも支え続けるわけではありません。いきおいウクライナに対する兵器の供与も細っていくでしょう(すでにその兆候は見られます)。戦局は今後、ウクライナ軍の反転攻勢もあって、いくつかのヒートアップはあるにせよ、やがて撃つ玉も切れて膠着(こうちゃく)していくだろうと思います。

 結果として西側は、焦土となった東部と南部の一部を残し、かつ事実上NATOの保護下におく形で、将来のEU加盟へ向わせるのではないか。
 そして、ロシアはタイガの森の奥へと帰っていく。雪原に血を滴らせながら。

 だがしかし、本当の課題は、実はウクライナの安定自体にあるのではないか、と私は見ています。なぜならそれこそが、この戦争の根源そのものだったのですから。

 やがて戦争が終わったとき、彼らが自分たちの国の政治と経済をいかに建て直し、今度こそ公正な社会を実現していくことができるのか。いまはロシアに奪われた領土を取り返すための戦いだけが鎹(かすがい)となって、国民がひとつにまとまっているように見えますが、ゼレンスキー大統領とウクライナ国民の真価が試されるのは、むしろそれからではないか、と私には思えます。

 所詮、ウクライナの安定化はウクライナの人々にしかできない。この30年で得た確信です。

 最後に、週刊「東洋経済」(4/15号)に、早稲田大学教授の柿沼陽平さんが拙著「ウクライナ通貨誕生-独立の命運を賭けた闘い」(岩波現代文庫)の書評を寄せて下さいました。詳細はこちら
 賛辞を賜り、洵に光栄です。
 季節の変わり目、どうぞご自愛ください。

心をこめて

 2023年5月1日

西谷公明


長崎、グラバー邸の丘に立つ

“中国はロシアへ武器輸出しない”

拝啓 3月20日、中国の習近平国家主席がロシアを訪問し、プーチン大統領と会見しました。

 いまやロシア連邦の国家元首とリアルで会談できるのは、限られた面々だけになりました。なにしろウラジーミル・プーチンは、ICC(国際刑事裁判所)から「戦争犯罪人」として逮捕状が出ている、言わば「お尋ね者」なのですから。

 それに先立つ2月24日、ロシアによるウクライナ侵攻一年の日、中国政府はウクライナ危機に関する自国の立場について発表し、対話による和平を訴えました。
 中国は「中立である」ことを理由に、ロシアを批判しようとはしません。
 西側の反応が至って冷ややかであることは、言わずもがなです。

 ところで、その夜、クレムリン宮殿のグラノヴィータヤの間(1654年、その後のロシアによるウクライナ支配を決定づけたと言われるペレヤスラフ協定が署名されたのが、この部屋でした)で、ユーラシアの二人の専制君主が秘かにどのような会話を交わしたか、そこは定かでありません。

 実は、ロシア経済には危うさが見えはじめています。2023年1・2月の財政は、歳入減(対前年同期比24.8%減)と歳出増(同51.5%増)のため、2ヵ月間で約340億ドルもの巨額財政赤字を計上しています。これは本年度の年間赤字額の約90%に当たります。原油・ガス収入の半減と戦費の激増が要因ではないかと思われます。
 それと歩調を合わせて、昨年末からルーブルも下落しはじめています。

 北京にとり、ロシアの弱体化はリスク要因です。西域、すなわち新疆ウイグル自治区は、民族的には中央アジアと一体のトルキスタン(トルコ人の土地)です。中国はロシアの弱体化が惹き起こす怖れのある中央アジア地域の流動化を望まない。
 同時に、アメリカとの長い覇権競争に対抗していくうえでも、同じユーラシアにおける権威主義国ロシアの存続は必要です。
 そこで習氏はまず、両国間の経済協力を発展させることを請け合いました(もっともプーチン氏が期待した、第二のガス・パイプライン建設をめぐる合意は先送りされたようですが)。しかしながら、同時に習氏は、武器輸出の求めをやんわりかわしたはずです。

 多くの西側専門家たちの疑念をよそに、私はかねてより、中国はロシアに武器輸出しないだろうと見ています。武器輸出に踏み出せば、それこそ西側の思う壺で、「中立である」ための自らの足場を崩すことになるからです。

 中国外務省の汪報道官は記者団に問いかけます。
 「危機をさらに悪化させ、制御をいっそう困難にし、戦闘を長期化させているのはいったい誰なのか?」

 西側は、力による国境の変更を容認しないことで結束を固めています。そして過去1年、ウクライナに対して莫大な軍事支援をおこなってきました。
 ドイツの「キール世界研究所」の調査によれば、その総額は約663億ドル(22年1月24日から23年1月15日まで)に上るそうです。なんとウクライナの年間国防費の14倍、ロシアのそれの1.4倍に相当します。NATO全加盟国における砲弾やミサイルの在庫が払底するほどなのです。

 アメリカによる中国に対する警告は、即ブーメランとなってアメリカ自身とNATOと西側諸国が唱える「正義」を照射することになるでしょう。中国はロシアへ武器輸出しないことにより、返す刀で暗にアメリカとNATO(北大西洋条約機構)を牽制しているように私には思えます。

 武器を輸出しないことこそが、アメリカと対峙していくための中国の拠り所となっている。中国が、ウクライナ危機の調停者として、その立場を崩すことはないでしょう。
 習近平政権が見据えるのは、台湾の「平和」による統一です。米・中は「台湾」へ視線を移しつつ、ウクライナ停戦へのイニシアチブを競いはじめているように思います。

 いささか長くなりました。季節の変わり目、ご自愛くださいますように。

 2023年4月1日

心を込めて  西谷公明


季節の移ろいを感じつつ(4月1日)

プロフィール

西谷 公明(にしたに ともあき)

1953年生まれ

エコノミスト
(合社)N&Rアソシエイツ 代表

<略歴>

1980年 早稲田大学政治経済学部卒業

1984年 同大学院経済学研究科博士前期課程修了(国際経済論専攻)

1987年 (株)長銀総合研究所入社

1996年 在ウクライナ日本大使館専門調査員

1999年 帰任、退社。トヨタ自動車(株)入社

2004年 ロシアトヨタ社長、兼モスクワ駐在員室長

2009年 帰任後、BRロシア室長、海外渉外部主査などを経て

2012年 (株)国際経済研究所取締役・理事、シニア・フェロー

2018年 (合社)N&Rアソシエイツ設立、代表就任

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    ウクライナ侵攻一年
    ~独立から30年後の現在と今後の展望~

    『海外投融資情報財団』 2023年3月

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  • 講 演

    ウクライナ侵攻一年:独立から30年後の現在と今後の展望

    (一社)内外情勢調査会 知多・刈谷支部懇談会

    2023年3月24日 刈谷プラザホテル

    概要はこちら

著 書

  • 復 刊

    ウクライナ 通貨誕生-
    独立の命運を賭けた闘い

    岩波現代文庫、2023年1月

  • 著 書

    ロシアトヨタ戦記

    中央公論新社、2021年12月

    詳細を見る

    目次

    プロローグ
    第一章 ロシア進出
    第二章 未成熟社会
    第三章 一燈を提げて行く
    間奏曲 シベリア鉄道紀行譚
    第四章 リーマンショック、その後
    エピローグ
    あとがき

  • 著 書

    ユーラシア・ダイナミズム-
    大陸の胎動を読み解く地政学

    ミネルヴァ書房、2019年10月

    詳細を見る

    目次

    関係地図
    はしがき-動態的ユーラシア試論
    序 説 モンゴル草原から見たユーラシア
    第一章 変貌するユーラシア
    第二章 シルクロード経済ベルトと中央アジア
    第三章 上海協力機構と西域
    第四章 ロシア、ユーラシア国家の命運
    第五章 胎動する大陸と海の日本
    主要参考文献
    あとがき
    索 引

  • 著 書

    通貨誕生-
    ウクライナ独立を賭けた闘い

    都市出版、1994年3月

    詳細を見る

    目次

    はじめに
    序 章 ウクライナとの出会い
    第一章 ゼロからの国づくり
    第二章 金融のない世界
    第三章 インフレ下の風景
    第四章 地方周遊~東へ西へ
    第五章 ウクライナの悩み
    第六章 通貨確立への道
    第七章 石油は穀物より強し
    終 章 ドンバスの変心とガリツィアの不安
    後 記
    ウクライナ関係年表

研究調査

ロシア、ウクライナ研究をオリジナル・グラウンドとし、 ユーラシア全体をキャンバスとする広域的なテーマを中心にして実践的な研究調査をおこなっています。

講 演

ロシア情勢、ウクライナ情勢を中心に、現地での経験談や苦労談などを織り交ぜながら、 わかりやすい講演を心がけています。最近の演題例は次のとおりです。

「ウクライナ戦争-独立から30年後の現在と今後の展望」
「オンリー・イエスタデイ-ロシアにおけるトヨタとその一時代」

私は講演を一期一会のライブの語りと考えています。
ここ最近は、"陸と海との地政学"を基本コンセプトとして、ロシア情勢、ウクライナ情勢を中心に、両国の現場での経験談を織り交ぜながら、積極的に講演活動をおこなっています。

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西谷 公明

合同会社 N&R アソシエイツ 代表

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各種お問い合わせはこちらまで

Email:nr-associates@mbr.nifty.com

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