“されど、高らかに「停戦」を呼びかけよ”

時下、益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。

 かれこれ30年ほど前のソ連崩壊から明けた1992年春、私は単身ウクライナへ渡り、最高会議の経済改革管理委員会に身を置いて、独立直後の国づくりの現場を体験しました。帰国後、そのときの経験をもとにして書いたのが、拙著「通貨誕生」(1994年3月、都市出版)です。

 「通貨誕生」は、文字通りルーブルとの訣別による通貨主権の確立という、ロシアとの主として経済面での確執と対立の日々を描いた記録です。光栄にもこの1月、「ウクライナ 通貨誕生-独立の命運を賭けた闘い」として、岩波現代文庫から復刻出版されました。

 通貨と国家が不可分の関係にあることは言を俟ちません。
 ソ連崩壊後、ロシア政府はルーブル経済空間を維持し、ロシアが中心となってウクライナをはじめ独立した国々(CIS、独立国家共同体)を束ね、市場経済化への急進的な経済改革をリードしたいと主張しました。

 ところが、ウクライナはそれを拒否します。そして、漸進的な改革と自国通貨発行への道を突き進んだのです。それが、ロシアを含む、他の国々の「ソ連崩壊後」を方向づけました。
 ロシアはエネルギー価格の引き上げで圧力をかけます。
 が、それでもウクライナは1992年11月にルーブル通貨圏から離脱すると、その後に襲ったハイパー・インフレの収束にも成功し、およそ4年後の1996年9月、晴れて通貨「フリブナ」を導入したのでした。

 V.ピリプチュク委員長率いる経済改革管理委員会はその中心にいました。
 ウクライナ民族主義者にとり、独立とは、すなわち「ロシアのくびき」からの離脱でした。そして、その前提となる経済の礎(いしずえ)が、自らの通貨を持つことにあったのです。
 この度、久方ぶりに読み返してみて、現下の戦争へいたるウクライナ独立への長い闘いの原点が、まさにそこにあると痛感した次第です。

 他方、この終わりの見えない戦争について、月刊『世界』3月号(2月8日発売)に小論「されど、“停戦”を呼びかけよ」を寄稿しました。

 ウクライナの人々は、自らの国が内に宿す歴史的で構造的な脆さに突き動かされて、30年後のこの国の、もっとも不幸ないまに辿りついてしまったように私には思えます。
 「拝啓 岸田文雄総理大臣殿・・・(後略)・・・
 貴殿が世界の中の日本外交の矜持を示してくださることを願ってやみません」
 ご一読いただければ幸いです。

 見上げれば、抜けるような青空がひろがっています。
 明るい陽射しが降り注ぎ、春の訪れが待たれます。
 これからも自由で伸びやかな気構えで、考え、そして書き、あるいは語っていきたいと思います。

心をこめて

 2023年2月1日


見上げると、抜けるような青空が

“ウクライナ 通貨誕生”

謹賀新年 皆様には益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。

 早速ながら、30年ちかく前に上梓した「通貨誕生」(1994年3月、都市出版)が、1月13日に“ウクライナ 通貨誕生-独立の命運を賭けた闘い”と装いもあらたに、岩波現代文庫としてリバイバル出版されることになりました。

 1991年12月、ソ連邦は崩壊する。冷戦も終わる。そして、東西の壁が消えたロシアとヨーロッパのはざまの平原に、ソヴィエト連邦下の一共和国を領土とする大きな国が現われる。言語、宗教、歴史的な背景において、国民国家(ネーション・ステート)としての一体性を欠いたまま。それがウクライナなのだった。独立後30年の歩みは、このような地政学的な与件と歴史的な矛盾を抜きにして語れない。
 他方、今日のウクライナをめぐる問題は、この国自体が宿す内なる危うさの発露であると同時に、「ソ連崩壊後」における西側諸国とロシアの関係性の問題、あるいはロシアという国とその社会が内にはらむ問題の反映でもあるかもしれない。(中略)
 ならば、そもそもウクライナ問題とはなにか。本書が、この問いについて考えるためのささやかな一助となれば幸いである。
(「岩波現代文庫版あとがき」より)

 この度、久方ぶりに読み返して、現下の戦争へとつづく両国の因縁が、まさにソ連が崩壊したその時から始まっていることを痛感した次第です。

 併せてこの機会に、2014年マイダン革命、22年ウクライナ戦争への追記「誰にウクライナが救えるか(正・続)」を収録。岩波書店書籍編集部の中本直子さんの計らいで、作家・元外務省主任分析官の佐藤優さんが素晴らしい解説を寄せて下さいました。ご笑覧賜れば幸いです。

 他方、昨年12月21日、ウクライナのゼレンスキー大統領がワシントンを電撃訪問した由。

 アメリカの老政治家が、ロシアと戦う若くて勇敢なリーダーに“クリスマス・プレゼント”(地対空ミサイルシステム“パトリオット”一基の供与を含めた18億5000万ドルの巨額支援)を与えるのは結構なこと。外交は内政の反映とも言います。中間選挙を終えた老政治家の胸中に、内政上の憂慮(1月から、下院を共和党が主導)があったにちがいありません。

 けれども最後には、リアルな現実が帰趨を決めるのが戦争です。ロシアが時に示唆する戦術核使用の脅威をまえに、リスクを管理する西側の援護は慎重にならざるを得ないでしょう。
 それに何よりも、当のアメリカにウクライナと心中するほどの覚悟があるとは思えません。
 また多くのEU諸国にとっても、本当はきっと厄介な問題でしかないのでしょう。これまでも、ずっとそうでした。
 要するに、最後に打ちひしがれ、捨て石になるのはウクライナの人々に他なりません。

  そうであるならば、いまもっとも優先すべきは、この戦争を早く終わらせること。ゼレンスキー大統領にもはやその選択肢がないのなら、タオルを投げ入れることこそが、西側リーダーの役割であるはずです。
 第一に、ロシアによる攻撃を終わらせること。
 第二に、ウクライナに対する兵器の供与を止めること。
 まずはそこからではないか、と私には思えます。

 エコノミストは社会という大きな器に育てていただくものだと思っています。
 本年も、どうぞ宜しくご指導、ご鞭撻を賜りますようお願いいたします。

心をこめて

 2023年1月1日


『ウクライナ 通貨誕生-独立の命運を賭けた闘い』
(岩波現代文庫)

プロフィール

西谷 公明(にしたに ともあき)

1953年生まれ

エコノミスト
(合社)N&Rアソシエイツ 代表

<略歴>

1980年 早稲田大学政治経済学部卒業

1984年 同大学院経済学研究科博士前期課程修了(国際経済論専攻)

1987年 (株)長銀総合研究所入社

1996年 在ウクライナ日本大使館専門調査員

1999年 帰任、退社。トヨタ自動車(株)入社

2004年 ロシアトヨタ社長、兼モスクワ駐在員室長

2009年 帰任後、BRロシア室長、海外渉外部主査などを経て

2012年 (株)国際経済研究所取締役・理事、シニア・フェロー

2018年 (合社)N&Rアソシエイツ設立、代表就任

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著 書

  • 復刻刊行

    ウクライナ 通貨誕生-
    独立の命運を賭けた闘い

    岩波現代文庫、2023年1月

  • 最新著書

    著 書

    ロシアトヨタ戦記

    中央公論新社、2021年12月刊行

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    目次

    プロローグ
    第一章 ロシア進出
    第二章 未成熟社会
    第三章 一燈を提げて行く
    間奏曲 シベリア鉄道紀行譚
    第四章 リーマンショック、その後
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    ユーラシア・ダイナミズム-
    大陸の胎動を読み解く地政学

    ミネルヴァ書房、2019年10月

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    目次

    関係地図
    はしがき-動態的ユーラシア試論
    序 説 モンゴル草原から見たユーラシア
    第一章 変貌するユーラシア
    第二章 シルクロード経済ベルトと中央アジア
    第三章 上海協力機構と西域
    第四章 ロシア、ユーラシア国家の命運
    第五章 胎動する大陸と海の日本
    主要参考文献
    あとがき
    索 引

  • 著 書

    通貨誕生-
    ウクライナ独立を賭けた闘い

    都市出版、1994年3月

    詳細を見る

    目次

    はじめに
    序 章 ウクライナとの出会い
    第一章 ゼロからの国づくり
    第二章 金融のない世界
    第三章 インフレ下の風景
    第四章 地方周遊~東へ西へ
    第五章 ウクライナの悩み
    第六章 通貨確立への道
    第七章 石油は穀物より強し
    終 章 ドンバスの変心とガリツィアの不安
    後 記
    ウクライナ関係年表

研究調査

ロシア、ウクライナ研究をオリジナル・グラウンドとし、 ユーラシア全体をキャンバスとする広域的なテーマを中心にして実践的な研究調査をおこなっています。

講 演

私は講演を一期一会のライブの語りと考えています。
ここ最近は、"陸と海との地政学"を基本コンセプトとして、ロシア情勢、ウクライナ情勢を中心に、両国の現場での経験談を織り交ぜながら、積極的に講演活動をおこなっています。

CONTACT ME

西谷 公明

合同会社 N&R アソシエイツ 代表

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各種お問い合わせはこちらまで

Email:nr-associates@mbr.nifty.com

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