“越境侵攻はウクライナ軍の暴走だった!?”

前略 暦のうえで、立秋はとうに過ぎたはずですが。

 この夏、ウクライナ軍がロシア西部のクルスク州を奇襲したねらいは何だったのか?
 ロシア社会を不安に陥れて、プーチン大統領の足もとを揺さぶるためか?
 あるいは、東部ウクライナでの劣勢をいっきに晴らすほどの戦果をあげて、西側の軍事支援を加速させるとともに、国民の戦意を鼓舞するためか?

 実は、あれはウクライナ軍の暴走ではなかったか、と私は見ています。
 同時に、作戦の重要な隠れた意図が、ロシアを試し、かたやアメリカと西側を試すことだったことも明らかです。

 ウクライナ側は、ロシアによる「核の脅し」が、怖れるに足らない「はったり」である(?)ことをアメリカと西側に示しつつ、彼らから供与された最新兵器の使用制限を解除させたい意図を隠しません。作戦が実行に移された後、ゼレンスキー大統領はアメリカと西側首脳に宛てて、ロシア領内への長距離ミサイルによる攻撃を承認するよう求めました。

 これに対し、兵器を供与しているアメリカと西側主要国は、この越境侵攻に対して慎重な立場を崩しません。支持も反対も表明せず、静観しているように見えます。

 果たして「核の脅し」は杞憂に過ぎないのか?プーチン大統領に「核を使う勇気」などそもそもないのか?しかし、それがわかるまで試してからではすでに遅いというのが、この問題の「リアルな本質」に他なりません。

 他方、越境侵攻の結果として、はっきりしたことがふたつあります。
 ひとつは、ウクライナが期待したはずの中国の協力による仲裁の目が潰えたと考えられること。
 もうひとつは、ゼレンスキー政権の肝煎りだった第二回国際平和サミットの開催があやしくなったこと。
 いったい何が起きているのか。私の見方を『現代ビジネス』に寄稿しました(8月27日掲載)。ご笑覧ください。
 詳細はこちら

 最後に、この秋、早稲田大学エクステンションセンターにおける公開講座で、「ロシアとウクライナ、ふたつの国のこの30年」と題して3回にわたって講演します(11月6、13、20日の各水曜日)。
 ここへ至るロシアとウクライナの30年を、「ソ連崩壊後」という大きな建付けのなかで振り返りつつ、この戦争が問う意味の奥行きと、私たちが生きる時代の地平を照らしてみたいと思います。
 詳細はこちら

 また、9月18日から20日まで3日間にわたり、ロシアの内政、経済、外交・軍事を専門とする10数名のロシア人有識者にZOOMインタビューをおこなう計画です。(予定ど おり実施できた暁には)抄録を次回10月1日更新の本サイトで公開する予定です。

 8月30日に米国ロサンジェルスで講演し、そのまま2週間ほどカリフォルニアで過ごします。
 エコノミストは、社会という大きな器に育てていただくものだと思っています。
 引き続き、宜しくご指導、ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げる次第です。
 厳しい残暑がつづきます。ご自愛くださいますように。

心をこめて

 2024年9月1日

西谷公明


盛岡市紺屋町の古い街並み

“ウクライナが秘める内なる未熟さ”

拝啓 蝉の声にまで、どことなく勢いがありません。

 早速ながら、ロシアのプーチン大統領が狙うのは、ウクライナの国家主権そのものです。

 ロシアによる軍事侵攻が始まった2022年、ウクライナの国内総生産(GDP)成長率は対前年比で-29.1%へ急落しました。ほぼ破綻に近いことに疑いを入れません。

 ウクライナは経済の屋台骨を失いました。

 もともとウクライナ経済は、ロシアに近い東部に集中する石炭、鉄鋼、機械工業など(18世紀後半から19世紀前半にロマノフ朝が開発)によって支えられていました。いまや、その中核を成すルガンスク、ドネツク、ザポロジエ、ヘルソンの4州がロシアに占領されたうえ、国土の広い部分が廃墟と化しました。

 23年のGDPはいくらか持ち直しましたが(+5.3%)、電力インフラが壊滅的な打撃を受けたため、24年は回復テンポがやや下がる見込みです(+3.5%)。国際通貨基金(IMF)は後退するリスクもある(-1.7%)と分析しています。

 それでもゼレンスキー大統領がかろうじて政権を維持できているのは、国民の支持と、アメリカを中心とする西側による軍事と財政両面での強力な支援あればこそ、です。

 しかしながら、頼みの支援は、秋のアメリカ大統領選挙の結果次第になりました。国民の支持も多分、アメリカの支援と不可分です。

 【ケースⅠ】 ハリス現副大統領が勝利すれば、ウクライナは継続的な支援を約束されて、ロシアとの戦いは長期化し、消耗戦がこれから先もつづく可能性が高くなります。

 特にドイツ、ポーランド、北欧、バルト3国など、かつてロシアに侵略された歴史を有する国々の首脳たちは、ウクライナが勝つまで戦争をつづけるべきだと主張しています。

 【ケースⅡ】 トランプ候補が大統領に返り咲けば、支援は止まります。トランプ氏は早くから「ウクライナとロシアの戦争には一銭も出さない」と明言しています。ウクライナは矛を収めざるを得ないかもしれません。

 ただしこの場合、アメリカの「裏切り」に反発して、西ウクライナの右派民族主義者が暴発する事態も懸念されます。10年前のマイダン政変では、「ライトセクター」や「スヴァボーダ」(自由)などの武闘グループが合流して、国民の抗議運動はいっきに騒乱へと転じました。

 この国の危うさは、そこにあります。戦争は終わるどころか、拡大する危険性すら孕んでいます。したがって、それをいかに回避し、ウクライナの国家主権を守るか。

 選挙戦からの撤退を決めたバイデン大統領は、自らの政策の仕上げとしてウクライナを事実上、北大西洋条約機構(NATO)の保護下に入れて(ただし、加盟ではありません)ロシアの攻撃を抑止しつつ、復興を後押しして欧州連合(EU)加盟のゴールへ急がせる方向へ動くのではないかと思います。

 さりとてゼレンスキー政権としては(むろん、それを支える西側としても)、いまさら現状を容認して領土を画定するわけにはいきません。

 したがって停戦、すなわち和平=国境の画定とはならないでしょう。最後は膠着した状態のまま戦闘を収める、つまり「凍結された紛争」に持ち込む、それ以外に選択肢はないのではないか、と私は見ています。

 それに、いまでは多くのウクライナ国民が、この終わらない戦争が一日も早く終わることを望んでいます。そして彼らは、自分たちの国が内に秘める未熟さを、誰よりもよく知っているはずです。

 酷暑の夏、どうぞご自愛くださいますように。

心をこめて

 2024年8月1日

西谷公明


青森市内で見つけた「金魚ねぶた」

東北講演の帰路、
盛岡にて原敬の眠る大樹寺を訪ねる

プロフィール

西谷 公明(にしたに ともあき)

1953年生まれ

エコノミスト
(合社)N&Rアソシエイツ 代表

<略歴>

1980年 早稲田大学政治経済学部卒業

1984年 同大学院経済学研究科博士前期課程修了(国際経済論専攻)

1987年 (株)長銀総合研究所入社

1996年 在ウクライナ日本大使館専門調査員

1999年 帰任、退社。トヨタ自動車(株)入社

2004年 ロシアトヨタ社長、兼モスクワ駐在員室長

2009年 帰任後、BRロシア室長、海外渉外部主査などを経て

2013年 (株)国際経済研究所取締役・理事、シニア・フェロー

2018年 (合社)N&Rアソシエイツ設立、代表就任

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    JOIグローバルトピックセミナー

    「ウクライナ侵攻3年目-終わらない戦争の現在地」

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著 書

  • 復 刊

    ウクライナ 通貨誕生-
    独立の命運を賭けた闘い

    岩波現代文庫、2023年1月

  • 著 書

    ロシアトヨタ戦記

    中央公論新社、2021年12月

    詳細を見る

    目次

    プロローグ
    第一章 ロシア進出
    第二章 未成熟社会
    第三章 一燈を提げて行く
    間奏曲 シベリア鉄道紀行譚
    第四章 リーマンショック、その後
    エピローグ
    あとがき

  • 著 書

    ユーラシア・ダイナミズム-
    大陸の胎動を読み解く地政学

    ミネルヴァ書房、2019年10月

    詳細を見る

    目次

    関係地図
    はしがき-動態的ユーラシア試論
    序 説 モンゴル草原から見たユーラシア
    第一章 変貌するユーラシア
    第二章 シルクロード経済ベルトと中央アジア
    第三章 上海協力機構と西域
    第四章 ロシア、ユーラシア国家の命運
    第五章 胎動する大陸と海の日本
    主要参考文献
    あとがき
    索 引

  • 著 書

    通貨誕生-
    ウクライナ独立を賭けた闘い

    都市出版、1994年3月

    詳細を見る

    目次

    はじめに
    序 章 ウクライナとの出会い
    第一章 ゼロからの国づくり
    第二章 金融のない世界
    第三章 インフレ下の風景
    第四章 地方周遊~東へ西へ
    第五章 ウクライナの悩み
    第六章 通貨確立への道
    第七章 石油は穀物より強し
    終 章 ドンバスの変心とガリツィアの不安
    後 記
    ウクライナ関係年表

研究調査

ロシア、ウクライナ研究をオリジナル・グラウンドとし、 ユーラシア全体をキャンバスとする広域的なテーマを中心にして実践的な研究調査をおこなっています。

講 演

ロシア情勢、ウクライナ情勢を中心に、現地での経験談や苦労談などを織り交ぜながら、わかりやすい講演を心がけています。最近の演題例は次のとおりです。

「わが体験的ロシア・ウクライナ論-砲声止まぬユーラシアを想う-」
「『陸と海の地政学』から紐解く-日本経済の今後と企業経営の課題-」 「ロシアとウクライナ-終わらない戦争の現在地」

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西谷 公明

合同会社 N&R アソシエイツ 代表

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