「鉄とコンクリート」で固めた安全保障

前略 皆様には、穏やかな春の日をお過ごしのことと拝察します。

 「私たちは、自分たちが選んだ歴史的な道をともに歩んでいる」
 3月21日、プーチン大統領は、大統領選挙後の国民に宛てた声明でこう述べました。

 国民は、「プーチンの戦争」に反対せず、プーチンに投票さえしておけば、その限りにおいて自由で、安定した日常が続くだろうと信じています。
 オープンでリベラルな考えを持つ人々も含めて、大多数の国民は、自分たちが生きるロシアという国の現実を世界中の誰よりもよく知っています。彼らにとり、他に選択肢はありません。かくして「プーチンの戦争」は「ロシアの戦争」になりました。

 他方、3月22日にモスクワ郊外のクロッカス・シティで起きたイスラム国による銃乱射テロは、プーチン大統領の威信を貶め、モスクワ市民の平安を不安に変えました。

 それでも彼には、外敵の脅威を利用して統制をいっそう強め、外に向けて、この戦争を継続し、「歴史的な道」をいくための力に変える以外の選択肢はないようです。野性を隠さないその先に、明るい未来などあろうはずがないにもかかわらず。
 そして独裁者は、国民の知らないどこかで、ひとりロウソクに火を灯し、犠牲者の冥福を祈ります。

 先日、花見で来日したロシアの有識者(保守系)と会見しました。

 Q:ウクライナとの戦争に、朝鮮半島モデル(休戦/軍事境界線/事実上の国境)は可能か?

 A:現実的とは言えない。朝鮮での休戦協定は、国連と中国が署名して成立した。その役割をどこが担うのか。ロシアが求めているのは「鉄とコンクリート」の安全だ。それが保障されないから、自分でそれを築くしかないのだ。


 もはやロシアには、自国の安全のことしか頭にない、この戦争は終わらない、と感じ入った次第です。

 けれども、私にとって気がかりは、かつてロシアでいっしょに仕事をした元部下たちの消息です。
 いまは巨大軍需カンパニーの幹部を務める者もいれば、国家プロジェクトのリーダーとして活躍する者もいます。高い給料に誘われて、軍需工場へ転職した者も少なくありません。
 彼らのひとりひとりが内に秘める不安と、逃げることのできない生々しい現実を思うと、健康で平穏でいることだけを願わざるを得ません。

 本オフィシャルサイトは、これまでお世話になった、あるいは一期一会のご縁にあずかったすべての皆様に宛てて、平素のご無沙汰をお詫びしつつ、ご挨拶に代えて毎月1日に更新しています。

 講談社『現代ビジネス』への寄稿を再開しました。
 「ウクライナ、国家存亡を賭けた戦いの果てに」
 果たして一年後、この国はどうなっているか。
 ご笑覧頂ければ幸いです。概要はこちら

 時節柄、どうぞご自愛くださいますように。

草々

 2024年4月1日

西谷公明


桜の開花を待つ千鳥ヶ淵(3月27日撮影)

一年後、ウクライナの国の姿は・・・

冠省 ロシアによるウクライナ侵攻が始まって3度目の春。
戦争は一度始まると終えることが難しいとつくづく思います。
正義と現実のあいだで、私たち自身もまた揺れます。

力による国境変更を許してはなりません。けれども最後は、リアルな現実が帰趨を決めるのが戦争でもあります。戦争は不条理にして、かつ冷酷です。
残念ながらウクライナにとり、近い将来のある時点で、ロシアの支配地域を追認する形で停戦に動くのが現実的な選択になりつつあるように思います。
ただし、それを決めるのはウクライナ国民であって、西側ではありません。

すでに2年間、この国は西側から巨額の資金と膨大な量の兵器の供与を得て、国力をはるかに超えるコストをかけてロシアの侵略に抗してきました。だが、戦況は膠着し、近頃では守勢へ転じています。兵力の損失と疲弊は、私たちが日々のニュースで窺い知るより、ずっと深刻であるにちがいありません。たとえ支援が続いたとしても、この国がこれから先さらに一年、戦い抜くだけの力をすぐに回復できるかどうか、定かではありません。

かたやロシアは、資源大国から軍事大国へと化しました。西側が表向きはどうであれ、いまや猛々しい野性を隠さないロシアを前に、自らを危険にさらすような戦争のエスカレーションを望まないことも明らかです。それにアメリカにとり、大西洋を隔てたウクライナは、ロシアが抱くほどのコアなインタレストではないでしょう。

誤解を怖れずに言えば、この度のロシアによるウクライナ侵攻と奪われた領土を取り返すための戦いによってはじめて、この国で暮らす人々は、ウクライナ語を話すことの意味に目覚め、ウクライナ国民であることを自覚し、また、国家の危機を自分事としてとらえてひとつにまとまりつつあるように思われます。
だが、それももろいことかもしれません。

この30年、私はこの国の人々の口から、ロシアからの独立や欧州への統合について幾度となく聞かされてきました。しかしながらロシアから独立し、自由で開かれた公正な社会をめざすためには、まずこの国の社会を厚く幾重にも覆う古い遺物を剥ぐ必要がありますが、その解は示されませんでした。
改革は滞り、行政の汚職と社会の腐敗が蔓延りました。欧州連合(EU)や北大西洋条約機構(NATO)への加盟は、依然として蜃気楼のように見え隠れするだけです。

私は、このまま戦争を続ければ、やがて反転攻勢どころか、ウクライナという国そのものを危うくしかねない事態も起こり得るのではないかと案じています。財政の完全な破綻は、これまで重ねて指摘してきた通りです。もはや誰もが勝てないとわかる戦争を、いったい何のために続けるのか?という虚しい疑問が国民のあいだに広がるとき、最悪の場合、歴史的に非ロシアだった西ウクライナを重心として分裂することもあり得ます。

ロシアに奪われた領土を取り返すための戦争は、国家の存亡を賭けた戦いのフェーズへ移りつつあるように思います。ウクライナで生きる人々の真の強さが試されるのは、これからです。

最後に本オフィシャルサイトは、これまでお世話になった、あるいは一期一会のご縁にあずかったすべての皆様に宛てて、ご無沙汰をお詫びしつつ、ご挨拶に代えて毎月1日に更新しています。
季節の変わり目、どうぞご自愛くださいますように。

心をこめて

 2024年3月1日

西谷公明


晴れあがった空の“早春賦”

プロフィール

西谷 公明(にしたに ともあき)

1953年生まれ

エコノミスト
(合社)N&Rアソシエイツ 代表

<略歴>

1980年 早稲田大学政治経済学部卒業

1984年 同大学院経済学研究科博士前期課程修了(国際経済論専攻)

1987年 (株)長銀総合研究所入社

1996年 在ウクライナ日本大使館専門調査員

1999年 帰任、退社。トヨタ自動車(株)入社

2004年 ロシアトヨタ社長、兼モスクワ駐在員室長

2009年 帰任後、BRロシア室長、海外渉外部主査などを経て

2013年 (株)国際経済研究所取締役・理事、シニア・フェロー

2018年 (合社)N&Rアソシエイツ設立、代表就任

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著 書

  • 復 刊

    ウクライナ 通貨誕生-
    独立の命運を賭けた闘い

    岩波現代文庫、2023年1月

  • 著 書

    ロシアトヨタ戦記

    中央公論新社、2021年12月

    詳細を見る

    目次

    プロローグ
    第一章 ロシア進出
    第二章 未成熟社会
    第三章 一燈を提げて行く
    間奏曲 シベリア鉄道紀行譚
    第四章 リーマンショック、その後
    エピローグ
    あとがき

  • 著 書

    ユーラシア・ダイナミズム-
    大陸の胎動を読み解く地政学

    ミネルヴァ書房、2019年10月

    詳細を見る

    目次

    関係地図
    はしがき-動態的ユーラシア試論
    序 説 モンゴル草原から見たユーラシア
    第一章 変貌するユーラシア
    第二章 シルクロード経済ベルトと中央アジア
    第三章 上海協力機構と西域
    第四章 ロシア、ユーラシア国家の命運
    第五章 胎動する大陸と海の日本
    主要参考文献
    あとがき
    索 引

  • 著 書

    通貨誕生-
    ウクライナ独立を賭けた闘い

    都市出版、1994年3月

    詳細を見る

    目次

    はじめに
    序 章 ウクライナとの出会い
    第一章 ゼロからの国づくり
    第二章 金融のない世界
    第三章 インフレ下の風景
    第四章 地方周遊~東へ西へ
    第五章 ウクライナの悩み
    第六章 通貨確立への道
    第七章 石油は穀物より強し
    終 章 ドンバスの変心とガリツィアの不安
    後 記
    ウクライナ関係年表

研究調査

ロシア、ウクライナ研究をオリジナル・グラウンドとし、 ユーラシア全体をキャンバスとする広域的なテーマを中心にして実践的な研究調査をおこなっています。

講 演

ロシア情勢、ウクライナ情勢を中心に、現地での経験談や苦労談などを織り交ぜながら、わかりやすい講演を心がけています。最近の演題例は次のとおりです。

「わが体験的ロシア・ウクライナ論-砲声止まぬユーラシアを想う-」
「『陸と海の地政学』から紐解く-日本経済の今後と企業経営の課題-」

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西谷 公明

合同会社 N&R アソシエイツ 代表

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Email:nr-associates@mbr.nifty.com

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