“停戦へのイニシアチブを競いはじめた米中”

拝啓 季節はめぐって春うらら・・・。

 この30年間、ウクライナの行動がどれも正しかったわけではありません。間違った選択もあったにちがいありません。
 行政の汚職や社会の腐敗はなくならないし、公正な社会が実現されたわけでもありません。
 同様に、アメリカとNATO(北大西洋条約機構)の主張が正しいというわけでもないでしょう。

 しかしながら、そうした事柄のすべてを後ろへ押しやって、ゼレンスキー大統領が率いるウクライナ国民との連帯を伝えるニュースが、侵攻一周年のメディア空間にこだまします。

 2022年2月24日、ロシアはウクライナを武力で侵略しました。プーチン大統領は国際社会の道徳を踏み外したのです。非道な戦争はいまも続いています。
 プーチン大統領は、歴史に残る致命的な誤りを犯しました。他に選択肢はなかったのか、と思います。

 されど、いかなる戦争にも終わりは来ます。
 問題は、それがいつ、どのように訪れるか?
 ウクライナ経済は半ば破綻し、東部の戦闘地帯はすでに焦土と化しています。
 それに西側は、この国の経済を永遠に支えつづけるわけではありません。
 結果として西側は、焦土となった東部と南部の一部を残し、かつ事実上NATOの保護下におく形で、EU加盟へ向かわせるのではないか。

 他方、侵攻から一年を迎えた2月24日、中国は停戦を促す文書を発表して“対話による解決”を呼びかけました。
 ベラルーシのルカシェンコ大統領(言わずと知れたプーチン氏の盟友です)を中国へ招待したこと(2月28日~3月2日)が表明され、フランスのマクロン大統領が4月はじめに中国を公式訪問することも明らかにされました。
 ちなみにドイツのシュルツ首相は、昨年11月はじめに訪中しています。

 中国の停戦表明に先だって、中国企業がロシアへのドローン輸出を企てているとドイツのシュピーゲル誌が報じました。つづいて、ワシントンポストは砲弾の輸出を報じました。
 日本を含む西側は、“中国の欺瞞”をいっせいに批判しています。
 どうやら侵攻二年目は、アメリカと中国が、“停戦へのイニシアチブ”を競い合う展開になりそうです。西側の本音は、戦争を続けさせてロシアをもっと弱らせたい、ということでしょう。激しい情報戦はつづきます。

 ところで、西側メディアにこれをリークしたのは、当の中国ではあるまいか?
 習近平国家主席は、“兵器の輸出契約”という厄介な手土産を持参することなく、西側による“兵器供与”の危うさを批判しつつ、“対話による解決”を世界に訴えて、晴れてロシアを公式訪問することになりそうです。
 忘れてならないのは、情報戦の渦から一歩下がった冷静な思考です。

 季節の変わり目、ご自愛くださいますように。

 2023年3月1日

心を込めて  西谷公明


バクー夜景、旧市街のホテルから高台を望む

“されど、高らかに「停戦」を呼びかけよ”

時下、益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。

 かれこれ30年ほど前のソ連崩壊から明けた1992年春、私は単身ウクライナへ渡り、最高会議の経済改革管理委員会に身を置いて、独立直後の国づくりの現場を体験しました。帰国後、そのときの経験をもとにして書いたのが、拙著「通貨誕生」(1994年3月、都市出版)です。

 「通貨誕生」は、文字通りルーブルとの訣別による通貨主権の確立という、ロシアとの主として経済面での確執と対立の日々を描いた記録です。光栄にもこの1月、「ウクライナ 通貨誕生-独立の命運を賭けた闘い」として、岩波現代文庫から復刻出版されました。

 通貨と国家が不可分の関係にあることは言を俟ちません。
 ソ連崩壊後、ロシア政府はルーブル経済空間を維持し、ロシアが中心となってウクライナをはじめ独立した国々(CIS、独立国家共同体)を束ね、市場経済化への急進的な経済改革をリードしたいと主張しました。

 ところが、ウクライナはそれを拒否します。そして、漸進的な改革と自国通貨発行への道を突き進んだのです。それが、ロシアを含む、他の国々の「ソ連崩壊後」を方向づけました。
 ロシアはエネルギー価格の引き上げで圧力をかけます。
 が、それでもウクライナは1992年11月にルーブル通貨圏から離脱すると、その後に襲ったハイパー・インフレの収束にも成功し、およそ4年後の1996年9月、晴れて通貨「フリブナ」を導入したのでした。

 V.ピリプチュク委員長率いる経済改革管理委員会はその中心にいました。
 ウクライナ民族主義者にとり、独立とは、すなわち「ロシアのくびき」からの離脱でした。そして、その前提となる経済の礎(いしずえ)が、自らの通貨を持つことにあったのです。
 この度、久方ぶりに読み返してみて、現下の戦争へいたるウクライナ独立への長い闘いの原点が、まさにそこにあると痛感した次第です。

 他方、この終わりの見えない戦争について、月刊『世界』3月号(2月8日発売)に小論「されど、“停戦”を呼びかけよ」を寄稿しました。

 ウクライナの人々は、自らの国が内に宿す歴史的で構造的な脆さに突き動かされて、30年後のこの国の、もっとも不幸ないまに辿りついてしまったように私には思えます。
 「拝啓 岸田文雄総理大臣殿・・・(後略)・・・
 貴殿が世界の中の日本外交の矜持を示してくださることを願ってやみません」
 ご一読いただければ幸いです。

 見上げれば、抜けるような青空がひろがっています。
 明るい陽射しが降り注ぎ、春の訪れが待たれます。
 これからも自由で伸びやかな気構えで、考え、そして書き、あるいは語っていきたいと思います。

心をこめて

 2023年2月1日


見上げると、抜けるような青空が

プロフィール

西谷 公明(にしたに ともあき)

1953年生まれ

エコノミスト
(合社)N&Rアソシエイツ 代表

<略歴>

1980年 早稲田大学政治経済学部卒業

1984年 同大学院経済学研究科博士前期課程修了(国際経済論専攻)

1987年 (株)長銀総合研究所入社

1996年 在ウクライナ日本大使館専門調査員

1999年 帰任、退社。トヨタ自動車(株)入社

2004年 ロシアトヨタ社長、兼モスクワ駐在員室長

2009年 帰任後、BRロシア室長、海外渉外部主査などを経て

2012年 (株)国際経済研究所取締役・理事、シニア・フェロー

2018年 (合社)N&Rアソシエイツ設立、代表就任

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著 書

  • 復刻刊行 復 刊

    ウクライナ 通貨誕生-
    独立の命運を賭けた闘い

    岩波現代文庫、2023年1月

  • 著 書

    ロシアトヨタ戦記

    中央公論新社、2021年12月

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    目次

    プロローグ
    第一章 ロシア進出
    第二章 未成熟社会
    第三章 一燈を提げて行く
    間奏曲 シベリア鉄道紀行譚
    第四章 リーマンショック、その後
    エピローグ
    あとがき

  • 著 書

    ユーラシア・ダイナミズム-
    大陸の胎動を読み解く地政学

    ミネルヴァ書房、2019年10月

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    目次

    関係地図
    はしがき-動態的ユーラシア試論
    序 説 モンゴル草原から見たユーラシア
    第一章 変貌するユーラシア
    第二章 シルクロード経済ベルトと中央アジア
    第三章 上海協力機構と西域
    第四章 ロシア、ユーラシア国家の命運
    第五章 胎動する大陸と海の日本
    主要参考文献
    あとがき
    索 引

  • 著 書

    通貨誕生-
    ウクライナ独立を賭けた闘い

    都市出版、1994年3月

    詳細を見る

    目次

    はじめに
    序 章 ウクライナとの出会い
    第一章 ゼロからの国づくり
    第二章 金融のない世界
    第三章 インフレ下の風景
    第四章 地方周遊~東へ西へ
    第五章 ウクライナの悩み
    第六章 通貨確立への道
    第七章 石油は穀物より強し
    終 章 ドンバスの変心とガリツィアの不安
    後 記
    ウクライナ関係年表

研究調査

ロシア、ウクライナ研究をオリジナル・グラウンドとし、 ユーラシア全体をキャンバスとする広域的なテーマを中心にして実践的な研究調査をおこなっています。

講 演

私は講演を一期一会のライブの語りと考えています。
ここ最近は、"陸と海との地政学"を基本コンセプトとして、ロシア情勢、ウクライナ情勢を中心に、両国の現場での経験談を織り交ぜながら、積極的に講演活動をおこなっています。

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西谷 公明

合同会社 N&R アソシエイツ 代表

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