“2024年師走、碧空の記憶”

 拝啓 皆さまには、恙なくお過ごしのことと拝察いたします。

 かれこれ30年ちかく前になります。
 1997年夏のある日、私はウクライナ中部ドニプロ市のミサイル工場ユジマシを訪れていました。核を搭載可能なロケットの解体作業を視察するためでした。

 かつて、そこは大陸間弾道ミサイル(ICBM)の75%を設計・製造していた旧ソ連屈指の名門工場で、時を経たいまは、ウクライナ国防省が欧米から先進的な部材を調達して兵器を製造しています。

 視察を終えて中庭へ出ると、弾頭を外されて無用の長物と化した巨大な筒殻が、いかにも所在なさげに陽光に晒(さら)されていました。
 見上げれば、まるで抜けたように高く澄みきった空に、ウクライナ国旗と並んで星条旗が翻(ひるがえ)ります。翌日には、ワシントンからZ.ブレジンスキー元大統領補佐官が訪問することになっていました。

 11月のアメリカ大統領選挙はトランプ候補の圧勝に終わりました。アメリカ国民はバイデン大統領が後継者として指名したハリス副大統領ではなく、同大統領の宿敵ドナルド・トランプを選びました。トランプ氏はロシアとウクライナの戦争を直ちに終えると約束しています。

 与えられた時間は新年1月20日までと決まっています。バイデン政権末期のアメリカと、イギリス、フランスの両現政権は、ウクライナに供与した長射程兵器によるロシア領内への攻撃を容認しました。アメリカはまた、これまで禁止してきた対人地雷の供与をも表明しました。

 ロシアは、最新鋭の極超音速中距離弾道ミサイル「オレシュニコフ」を発射し、「冷戦終結の記念碑」とも言うべきユジマシに、マッハ11を超える速さ(ウクライナ国防省情報総局発表)で撃ち込んで、それに応じました。プーチン大統領がユジマシを標的として選んだことは、バイデン大統領に宛てた強烈なメッセージだったに違いありません。

 2022年2月、ロシアはウクライナに軍事侵攻し、冷戦終結後の世界に「乱世」を呼び込みました。それが、アメリカ一極支配による平和のルールを踏みにじる行為だったことは言うまでもありません。

 「ロシアに勝たせてはならない」。バイデン大統領は拳を振り下ろしながらそう言って、西側主要国と北大西洋条約機構(NATO)を糾合して未曽有のウクライナ支援に乗り出しました。

 けれども結局、バイデンのアメリカはプーチンのロシアを屈服させることはできませんでした。そして、西側主要国の政治リーダーは、相も変らずウクライナ支援の継続を主張するばかりです。戦闘は収まるどころか、一歩踏み誤れば、ヨーロッパを巻き込んだ世界大戦につながりかねない袋小路に陥っています。

 難しい後始末はトランプ次期政権に託されて、2024年が幕を閉じることになりそうです。
 このようにしてしか戦争を終えることのできない世界に私たちは生きています。
 賢者の不在を嘆かざるを得ません。

 (追伸)本日、ウクライナ戦争についての考えをネットメディア『現代ビジネス』へ寄稿しました。ご笑覧頂ければ幸いです。

 少し早いですが、メリー・クリスマス!

心をこめて

 2024年12月1日

西谷公明


9月に米国西海岸、サンノゼ近郊のワイナリーを訪れる

“ウクライナ支援、33億ドル融資に異議あり”

 冠省 原油価格が暴落すれば、ロシア経済は瓦解するでしょう。
 油価は需給で決まります。鍵をにぎるのは、サウジアラビアだろうと思います。

 ソ連が崩壊した時もそうでした。当時、同国が原油の増産へ動いた事実を、米国のソ連経済学者、故マーシャル・ゴールドマンは指摘しています(『石油国家ロシア』 日本経済新聞出版社)。
 米国大統領選挙でハリス副大統領と争うトランプ前大統領の秘策も、そこにあるのかもしれません。

 トランプ候補はまず、米国の環境規制を緩めて、シェールオイルの増産を促すでしょう。
 同時に、サウジアラビアのムハンマド皇太子にディールを持ちかけて、増産に転じるよう働きかける?

 ロシアも加わる石油輸出国機構(OPEC)プラスの枠組みに風穴をあける。それは、ロシアがウクライナ侵攻を開始してまもない2022年7月に、バイデン大統領が一度は試みて失敗したことでした。米国の“増産”要請に、OPECプラスは協調“減産”で応えました。油価が下げ止まる理由です。

 他方、アメリカのウクライナ関与は、バイデン・マターとして始まりました。バイデン大統領なればこそのウクライナ支援でもありました。その一時代に、たそがれが迫ろうとしています。

 10月下旬、G7(西側主要7ヵ国)政府は、制裁によって差し押さえたロシア中銀資産(総額約2800億ドルの外貨準備)の運用益を返済原資として、向こう3ヵ年にわたる総額500億ドル(約7.5兆円)のウクライナ融資に合意しました(「融資」と言われれば聴こえはいいですが、ウクライナ側に返済義務はありません)。大統領選挙の結果が出る前に、バイデン政権が実施を急いだ感は否めません。

 第一トランシェは12月に実行されます。日本も国際通貨基金(IMF)や世界銀行(WB)を経由して、総額33億ドル(財政・復興支援として、なんと約5000億円と巨額です)を貸し付けます。

 「(凍結資産の運用益で返済されるので)国民に追加の負担をかけることはない」
 記者会見で加藤財務相はそう言って釈明しますが、貸し出したお金が焦げ付くリスクはきわめて高いと言わざるを得ません。

 なにしろ、たとえ近い将来戦争が終わっても、ロシアが損害を賠償するまで差し押さえた資産を返さないことを、G7と欧州連合(EU)で決めたのだそうです。その運用益で、10年以上かけて出資国に返済されるそうですが、不確実な未来のそれを、いったい誰が保証してくれるというのでしょう(当のアメリカに、それができないというのでは話にもなりません)。

 しかも、凍結資産の多くを管理するEUは制度上、すべての制裁条項とその内容を、全加盟国の合意のもとに半年ごとに更新する必要があるというのです。途中で空中分解することも織り込んだうえでの実施ということかもしれません。

 いずれにせよ、真っ当な金融機関の審査部ならば、まず通らない灰色の融資スキームを押し通した「合意」に対し、この場を借りて異議を申し立てたいと思います。

 最後に、10月につづき、9月中旬におこなったロシア人有識者とのオンライン会見の抄録(後編)を掲載します。

 現下の情勢を鑑みますに、中国ウォッチャーのA.マスロフ氏、ソウル在住の朝鮮半島情勢アナリスト、国営チャンネル1の看板番組「グレート・ゲーム」キャスター、D.サイムズ氏の発言は示唆に富んでいます。
 皆様のご関心に、いささかなりとも応えるものであったならば幸いです 詳細はこちら

 少し長くなりました。季節の変わり目です。どうぞご自愛くださいますように。

心をこめて

 2024年11月1日

西谷公明


スカイツリーとコスモス
(荒川河川敷にて)

プロフィール

西谷 公明(にしたに ともあき)

1953年生まれ

エコノミスト
(合社)N&Rアソシエイツ 代表

<略歴>

1980年 早稲田大学政治経済学部卒業

1984年 同大学院経済学研究科博士前期課程修了(国際経済論専攻)

1987年 (株)長銀総合研究所入社

1996年 在ウクライナ日本大使館専門調査員

1999年 帰任、退社。トヨタ自動車(株)入社

2004年 ロシアトヨタ社長、兼モスクワ駐在員室長

2009年 帰任後、BRロシア室長、海外渉外部主査などを経て

2013年 (株)国際経済研究所取締役・理事、シニア・フェロー

2018年 (合社)N&Rアソシエイツ設立、代表就任

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著 書

  • 復 刊

    ウクライナ 通貨誕生-
    独立の命運を賭けた闘い

    岩波現代文庫、2023年1月

  • 著 書

    ロシアトヨタ戦記

    中央公論新社、2021年12月

    詳細を見る

    目次

    プロローグ
    第一章 ロシア進出
    第二章 未成熟社会
    第三章 一燈を提げて行く
    間奏曲 シベリア鉄道紀行譚
    第四章 リーマンショック、その後
    エピローグ
    あとがき

  • 著 書

    ユーラシア・ダイナミズム-
    大陸の胎動を読み解く地政学

    ミネルヴァ書房、2019年10月

    詳細を見る

    目次

    関係地図
    はしがき-動態的ユーラシア試論
    序 説 モンゴル草原から見たユーラシア
    第一章 変貌するユーラシア
    第二章 シルクロード経済ベルトと中央アジア
    第三章 上海協力機構と西域
    第四章 ロシア、ユーラシア国家の命運
    第五章 胎動する大陸と海の日本
    主要参考文献
    あとがき
    索 引

  • 著 書

    通貨誕生-
    ウクライナ独立を賭けた闘い

    都市出版、1994年3月

    詳細を見る

    目次

    はじめに
    序 章 ウクライナとの出会い
    第一章 ゼロからの国づくり
    第二章 金融のない世界
    第三章 インフレ下の風景
    第四章 地方周遊~東へ西へ
    第五章 ウクライナの悩み
    第六章 通貨確立への道
    第七章 石油は穀物より強し
    終 章 ドンバスの変心とガリツィアの不安
    後 記
    ウクライナ関係年表

研究調査

ロシア、ウクライナ研究をオリジナル・グラウンドとし、 ユーラシア全体をキャンバスとする広域的なテーマを中心にして実践的な研究調査をおこなっています。

講 演

「ロシアとウクライナ」を軸として、冷戦終結後の30年を振り返りつつ、(一社)内外情勢調査会をはじめさまざまな場所で、心に響く講演を心がけて発信しています。

ロシア情勢、ウクライナ情勢を中心に、現地での経験談や苦労談などを織り交ぜながら、わかりやすい講演を心がけています。最近の演題例は次のとおりです。

「わが体験的ロシア・ウクライナ論-砲声止まぬユーラシアを想う-」
「ロシアとウクライナ-終わらない戦争の現在地」

西谷公明オフィシャルサイト
Tomoaki Nishitani official site

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西谷 公明

合同会社 N&R アソシエイツ 代表

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