“終わらない戦争の暁に-その2-”

拝啓 いつのまにか初夏の陽気です。

 あらゆる戦争は常に悲惨です。

 けれども、この戦争が最悪であるのは、真の当事者が、実はウクライナとは別のふたつの大国、ロシアとアメリカであるからに他なりません。そのことが、戦火のなかを彷徨える人々の悲惨さをいっそう際立たせているように思います。
 そもそもプーチン大統領は、ウクライナのNATO加盟を阻止するためにウクライナへ侵攻しました。これに対しゼレンスキー大統領は、ロシアの侵略から主権と領土を守りぬくために戦います。他方、アメリカとNATOは戦争へは直接加わらないが、代わりにウクライナへ武器を送つづける。

 しかも、この戦争は長くつづきそうです。なぜなら、人道の危機を訴えながらも、関係する誰もがもはやこの戦争を止められないから。そして、プーチン大統領はあくまで強気です。

 私たちはこの30年、冷戦後の“後始末”をおろそかにして、グローバリゼーションの果実のみを追求してきたのではなかったか。ロシアはいま、ヨーロッパへの“エネルギー供給”を武器にして、また大量の“核”を保有して、アメリカが主導する冷戦終結後の国際秩序に挑戦しています。
 冷戦は終わってなどいなかった。否、むしろいっそう深刻な脅威として戻ってきた。この最悪の戦争が世界と日本に突きつけるのはそのことです。その影響は私たちの身近なところにすでに出ているし、これからもっとはっきりした形で出てくるでしょう。

 他方、プーチンを止める手立てはなかったのか?講演でよく質されます。
 国際政治はリーダーの資質によるところが大きいと思います。誤解を怖れずに言うと、あのトランプ前大統領ならば、ボス同士の“ディール”で済ませたかもしれません。
 バイデン外交が弱腰なのではありません。ジョー・バイデンはアメリカ一極時代に育った“理念”の政治家ですが、現実のアメリカは、もはやかつての超パワーではない。ウラジーミル・プーチンは、そんなアメリカと中国の対立と競争、世界の趨勢を覗います。中国の強大化が世界を変えた意味は大きいとあらためて思うのは、私だけではないでしょう。

 岩波書店『世界』臨時増刊に「続・誰にウクライナを救えるか-最悪の戦争の暁に」を寄稿しました。 詳細はこちら
 8年前に寄せた「誰にウクライナが救えるか-友ユシチェンコへの手紙」とあわせてご一読いただければ幸いです。 詳細はこちら

 時節柄、どうぞご自愛くださいますように。

心をこめて

 2022年5月2日


盛岡にて南部鉄器「釜定」を訪れる

“終わらない戦争の暁に”

拝啓、春爛漫。最悪の戦争は続いています。

 しかしながら、これはなにもプロパガンダのせいばかりではありません。
 プーチン大統領は、“ロシアとウクライナの歴史的な一体性”を訴えて、古いロシア世界を取り戻すためにウクライナへ侵攻しましたが、そのような考えは、なにもウラジーミル・プーチンひとりのものではないからです。

 私の知る限り、ロシア人は、いわば“上から目線”でウクライナ人を見ている。いまはアメリカやEU(欧州連合)を頼りにしてはいるけれど、いずれはロシアの懐へ帰る日が来るだろう、と冷ややかに見ている。以前、ロシアとウクライナの関係について知人たちと語り合ったときの印象です。
 戦争には反対だが、プーチン大統領の考え自体は間違っていない。これが、多くのロシア人の心情なのではないか。根底には、彼らの大国意識と社会の保守性があるように思います。

 他方、近代ヨーロッパのイギリスやオランダなどが、海を渡って植民地を増やしていったのに対し、同じ時代、ロマノフ朝のロシアは陸つづきの領域として領土をひろげました。前者にとり、その後にはじまる植民地の独立が、本国自身の安全保障上の直接的な脅威になることはありませんでした。

 だがしかし、ロシアの場合はちがいました。ロマノフ朝のロシアは広大なる境域国家を形成しました。そこでは本国と植民地が、はじめから陸つづきで境界そのものがさだめがたく、むしろロシアという領域が、民族や文化のさかいを越えて際限なく、かつ一体的にひろがりました。

 しかもロシア本国にとり、拡大した境域のながい外縁は、あらたに獲得した領土を守るための緩衝地帯でもあったのです。ロシアの領土の特殊性はひとえにこの点にあるし、現在のロシアと、それと隣接する国々が内に宿すこの地政学的な特殊性を抜きにして、ソ連崩壊後のユーラシアに生じた(あるいは、このさきの未来に生じうる)さまざまな出来事の意味を理解することはできないでしょう。
 ウクライナがヨーロッパの国民国家をめざして戦うかぎり、そしてかたやロシアが古いロシアの殻から脱け出せずにいるかぎり、北方の領域国家は緩衝地帯を必要とするでしょう。

 最悪の戦争にも終わりは来ます。問題は、それがいつ、どのようにして訪れるか?
 月刊『世界』臨時増刊号に、小論「続・誰にウクライナが救えるか-最悪の戦争の暁に」を寄せました。ご笑覧いただければ幸いです(4月中旬ローンチ予定)。
 しばらくの間、この戦争の意味と変わりゆく世界、日本の課題などについて考えをまとめ、講演や寄稿として発信していく考えです。
 また近く、ソ連崩壊後の1992年に、ウクライナ最高会議の経済改革管理委員会で半年間過ごしたときのことを記した拙著「通貨誕生」を文庫版としてリバイバル刊行する計画です。

 時節柄、どうぞご自愛くださいますように。

心をこめて

 2022年4月1日

プロフィール

西谷 公明(にしたに ともあき)

1953年生まれ

エコノミスト
(合社)N&Rアソシエイツ 代表

<略歴>

1980年 早稲田大学政治経済学部卒業

1984年 同大学院経済学研究科博士前期課程修了(国際経済論専攻)

1987年 (株)長銀総合研究所入社

1996年 在ウクライナ日本大使館専門調査員

1999年 帰任、退社。トヨタ自動車(株)入社

2004年 ロシアトヨタ社長、兼モスクワ駐在員室長

2009年 帰任後、BRロシア室長、海外渉外部主査などを経て

2012年 (株)国際経済研究所取締役・理事、シニア・フェロー

2018年 (合社)N&Rアソシエイツ設立、代表就任

メディア関連情報

各種インタビューや、講演以外の出演、テレビ出演、動画配信等の情報をお知らせします。

著書・寄稿

  • 最新著書

    ロシアトヨタ戦記

    中央公論新社、2021年12月刊行

    目次

    プロローグ
    第一章 ロシア進出
    第二章 未成熟社会
    第三章 一燈を提げて行く
    間奏曲 シベリア鉄道紀行譚
    第四章 リーマンショック、その後
    エピローグ
    あとがき

  • 著 書

    ユーラシア・ダイナミズム-大陸の胎動を読み解く地政学

    ミネルヴァ書房、2019年10月

    目次

    関係地図
    はしがき-動態的ユーラシア試論
    序 説 モンゴル草原から見たユーラシア
    第一章 変貌するユーラシア
    第二章 シルクロード経済ベルトと中央アジア
    第三章 上海協力機構と西域
    第四章 ロシア、ユーラシア国家の命運
    第五章 胎動する大陸と海の日本
    主要参考文献
    あとがき
    索 引

  • 著 書

    通貨誕生-ウクライナ独立を賭けた闘い

    都市出版、1994年3月

    目次

    はじめに
    序 章 ウクライナとの出会い
    第一章 ゼロからの国づくり
    第二章 金融のない世界
    第三章 インフレ下の風景
    第四章 地方周遊~東へ西へ
    第五章 ウクライナの悩み
    第六章 通貨確立への道
    第七章 石油は穀物より強し
    終 章 ドンバスの変心とガリツィアの不安
    後 記
    ウクライナ関係年表

  • NEW

    続・誰にウクライナが救えるか

    『世界』2022年5月臨時増刊号

    記事を見る

  • NEW

    連載:ロシア・ウクライナ戦争(1)

    『ニュースソクラ』2022年4月21日

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  • NEW

    寄 稿

    独立懸命のウクライナ-民心を見誤ったプーチン氏

    時事通信Janet・e-world 2022年3月1日

    記事を見る

  • 寄 稿

    欧州とロシアのはざま-ソ連崩壊から30年後の現状を見る

    nippon.com

    記事を見る

  • 寄 稿

    ロシア2021~経済と地政学から今後の行方を占う

    (講演録)海外投融資情報財団機関誌2022年1月号

    記事を見る

  • 寄 稿

    プーチンのロシア-有識者インタビューから考える

    太陽グラントソントン・エグゼクティブ・ニュース 2021年12月号

    記事を見る

  • 寄 稿

    対ロシア外交:求められる冷静な視点とは

    内外情勢調査会『J2TOP』2021年10月号

  • 寄 稿

    ユーラシアの静かなダイナミズムと海の日本

    未来を創る財団『みらい』2020年3月号

    記事を見る

  • 寄 稿

    ロシア、北の大国からの視界-中国と連携しつつ欧州との関係改善を模索

    時事通信Janet・e-world 2020年1月7日

    記事を見る

  • 寄 稿

    大国の内政に巻き込まれるウクライナ-元コメディアンの新大統領が直面する試練

    時事通信Janet・e-world 2019年10月30日

    記事を見る

  • 寄 稿

    連載:ユーラシア・ダイナミズム-中国とロシア、そして胎動する大陸

    ミネルヴァ通信『究』2017年4月号~2019年5月号

  • 寄 稿

    プーチン再選とユーラシア国家の命運

    『世界』2018年3月号

  • 寄 稿

    モスクワから見た日ロ交渉

    『世界』2016年9月号

  • 寄 稿

    対談:ウクライナの安定へ-世界を動かす日本外交の役割とは何か

    東郷和彦氏との対談、『世界』2014年10月号

  • 寄 稿

    誰にウクライナが救えるか

    『世界』2014年5月号

    記事を見る

  • 寄 稿

    ロシア極東開発の地政学

    『世界』2013年3月号

  • 寄 稿

    さらばキエフ、さらば長銀

    『中央公論』1999年1月号

  • 寄 稿

    Considering Russia’s Future

    “Japan SPOTLIGHT” May/June in 2018, Japan Economic Foundation

研究調査

ロシア、ウクライナ研究をオリジナル・グラウンドとし、 ユーラシア全体をキャンバスとする広域的なテーマを中心にして実践的な研究調査をおこなっています。

講 演

"ウクライナ危機後の世界と日本"、"陸と海の地政学"をキーテーマに、ロシアとウクライナ両国での滞在経験にもとづいて積極的に講演活動をおこなっています。

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西谷 公明

合同会社 N&R アソシエイツ 代表

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