“トランプ・プルーフ”

暑中、お見舞い申し上げます。

 「もしトランプ氏が大統領に返り咲けば」、アメリカはウクライナから手を引くのではあるまいか?

 そのとき、ウクライナはにわかに崩壊へ向かうかもしれません。なぜなら、国民がゼレンスキー大統領に寄せる信頼の多くは多分、アメリカの支援への期待と不可分なのだから。ウクライナ社会のまとまりは、それほど固くありません。

 G7(先進7ヵ国)とEU(欧州連合)首脳たちは、「トランプ氏が返り咲いても大丈夫なように」(トランプ・プルーフ)、いまのうちに決めるべきことを決めておこうというスタンスです。

 言うまでもなく、ロシアに対する制裁は、国連決議の大義にもとづくものではありません。アメリカを中心とする西側有志国によっておこなわれるに過ぎません。

 世界の幅広い支持が得られないのは、賛同しない国々の多くがロシアと利害関係をもつ、という理由だけではないはずです。
 それは北半球の、日本を含む「西側先進国クラブ」に対する不同意の表明、ということでもあるでしょう。世界の分断が広がるのは、そのためです。

 そのうえ、西側有志国の誰もが戦争のエスカレーションを望まないと言いながら、まるで自縄自縛に陥ったかのように、この戦争を終える見通しを持ちません。
 同時にそれは、西側有志国自らが、いまや事実上、この戦争の当事者になりかわっていることの現われであるように、私の眼には映ります。非欧米の、いわゆる「グローバルサウス」の役割に期待がかかるのも、そのためでしょう。。

 30年以上前、ソ連が崩壊し、冷戦が終わったとき、フランシス・フクヤマは「自由・民主主義と市場経済が世界に繁栄をもたらすだろう」と書きました(『歴史の終わり』)。また、トーマス・フリードマンは「IT革命と経済のグローバル化が結合し、世界はあまねくフラットになるだろう」と書きました(『フラット化する世界』)

 けれども、その期待は外れました。そういう世界は来ないことがはっきりしました。それを決定づける出来事が、2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻だったのではないかと思います。

 ところで冒頭の仮想ストーリーの心は、なにもトランプ氏とプーチン氏のふたりはお互いに馬が合いそうだから、ということではありません。

 ウクライナ問題はトランプ氏にとり、まさしく“バイデン・マター”に他なりません。古い話題ですが、拙稿「大国の内政に巻き込まれるウクライナ:元コメディアンの新大統領が直面する試練」(時事通信社2019/10/30配信)をご覧ください。 詳細はこちら

 本オフィシャルサイトは、これまでお世話になった、あるいは一期一会のご縁にあずかったすべての皆様に宛てて、日頃のご無沙汰をお詫びしつつ、月のはじめにご挨拶に代えて更新しています。
 エコノミストは、社会という大きな器に育てていただくものだと思っています。
 引き続き、宜しくご指導、ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。

 時節柄、どうぞご自愛くださいますように。

心をこめて

(追伸)昨年2月に海外投融資情報財団(JOI)主催の「グローバルトピック・セミナー」でおこなった講演「ウクライナ侵攻一年-独立から30年後の現在と今後の展望」の続編を、来たる8月6日午後3時30分より、「ウクライナ侵攻3年目-終わらない戦争の現在地」と題して、ウェビナー併用でおこなう予定です。

 2024年7月1日

西谷公明


アルマティでロシア駐在時代の元部下と出会う

中国車が“大陸”を席捲する日

前略、5月中旬、中央アジアを訪問しました。


Hyundai Trans Kazakhstan にて

 写真はカザフスタンの商都アルマティ郊外に建つ韓国Hyundaiの自動車工場です。Astana Motors(Nurlan Smagulov氏経営)が1億ドル(約150億円)を投じて建設。2023年、ここから4万9000台のHyundai車が出荷されました。

 同国の新車市場は23年に20万台弱。かつて日本のトヨタが中古車人気の延長上で圧倒的なシェアを誇っていたことも、今は昔。韓国車(Hyundai & Kia)が市場の40%近くを占めて、かつ最近では中国車が急速に台頭しているのです。

 隣接地では、その中国3ブランド(日本ではほとんど知られていないChangan, Chery, Haval)を生産する巨大工場の建設工事が急ピッチで進んでいました(投資額3.6億ドル、敷地面積20ha)。竣工した暁には(25年春予定)、年間9万台の中国車が生産される由。国内市場の大きさを鑑みれば、関税同盟で一体の隣国ロシアへの輸出を想定していることは明らかです。

 中央アジアのもうひとつの大国ウズベキスタンでは、米国Teslaに代わって今や世界最大のEVメーカーとなった中国BYDが、国営UZ-Avtoとの間で年産30万台規模の合弁工場を建設することで合意しています。
 同国では、Chevrolet(UZ-Avto)とBYDが並存し、将来的には国内市場のみでなく、近隣のロシアをはじめ中央アジア、アフガニスタン(「武装勢力」タリバンの国です)、コーカサスなどへ輸出されることになります。BYDはコーカサスでも積極的に販売ネットワークを広げています。

 かたや北のロシアで、日本や欧米メーカーが抜けた穴を国産のLadaと中国車が埋めていることは言うまでもありません。
 ロシアにおける23年の新車販売台数は113万台でしたが、その内、中国車が45万台を占めて、市場シェアは40%を超えました。ウクライナ侵攻まで日本や韓国、欧米車を扱っていた販売店の多くが、今では中国ブランドに看板を変えました。

 かくして、ユーラシアを中国車が席捲します。ここでは中国との対立や、中国車に対する言いがかりに似た制裁関税の声は聴かれません。
 しかも、車そのものがかなりよくなっています(試乗してみるとわかります)。中国製品の品質や性能は日進月歩で向上しています。そして、EVバッテリーのグローバルなサプライチェーンの大半も、中国は押さえました。

 習近平国家主席がNEV(新エネルギー車)で「自動車製造強国」をめざすと宣言したのは、西のウクライナでマイダン政変が起き、ドンバスで内戦がはじまった2014年のことでした。それから10年が過ぎて、新型コロナ禍の霧が晴れた今、大陸に中国を中心とする「もうひとつの世界」が確実に形成されつつあるとの思いを新たにした次第です。

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 エコノミストは、社会という大きな器に育てていただくものだと思っています。
 引き続き、宜しくご指導、ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。

 時節柄、どうぞご自愛くださいますように。

草々

 2024年6月1日

西谷公明


アルマティ市内から天山を望む

プロフィール

西谷 公明(にしたに ともあき)

1953年生まれ

エコノミスト
(合社)N&Rアソシエイツ 代表

<略歴>

1980年 早稲田大学政治経済学部卒業

1984年 同大学院経済学研究科博士前期課程修了(国際経済論専攻)

1987年 (株)長銀総合研究所入社

1996年 在ウクライナ日本大使館専門調査員

1999年 帰任、退社。トヨタ自動車(株)入社

2004年 ロシアトヨタ社長、兼モスクワ駐在員室長

2009年 帰任後、BRロシア室長、海外渉外部主査などを経て

2013年 (株)国際経済研究所取締役・理事、シニア・フェロー

2018年 (合社)N&Rアソシエイツ設立、代表就任

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  • 復 刊

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    岩波現代文庫、2023年1月

  • 著 書

    ロシアトヨタ戦記

    中央公論新社、2021年12月

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    目次

    プロローグ
    第一章 ロシア進出
    第二章 未成熟社会
    第三章 一燈を提げて行く
    間奏曲 シベリア鉄道紀行譚
    第四章 リーマンショック、その後
    エピローグ
    あとがき

  • 著 書

    ユーラシア・ダイナミズム-
    大陸の胎動を読み解く地政学

    ミネルヴァ書房、2019年10月

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    目次

    関係地図
    はしがき-動態的ユーラシア試論
    序 説 モンゴル草原から見たユーラシア
    第一章 変貌するユーラシア
    第二章 シルクロード経済ベルトと中央アジア
    第三章 上海協力機構と西域
    第四章 ロシア、ユーラシア国家の命運
    第五章 胎動する大陸と海の日本
    主要参考文献
    あとがき
    索 引

  • 著 書

    通貨誕生-
    ウクライナ独立を賭けた闘い

    都市出版、1994年3月

    詳細を見る

    目次

    はじめに
    序 章 ウクライナとの出会い
    第一章 ゼロからの国づくり
    第二章 金融のない世界
    第三章 インフレ下の風景
    第四章 地方周遊~東へ西へ
    第五章 ウクライナの悩み
    第六章 通貨確立への道
    第七章 石油は穀物より強し
    終 章 ドンバスの変心とガリツィアの不安
    後 記
    ウクライナ関係年表

研究調査

ロシア、ウクライナ研究をオリジナル・グラウンドとし、 ユーラシア全体をキャンバスとする広域的なテーマを中心にして実践的な研究調査をおこなっています。

講 演

ロシア情勢、ウクライナ情勢を中心に、現地での経験談や苦労談などを織り交ぜながら、わかりやすい講演を心がけています。最近の演題例は次のとおりです。

「わが体験的ロシア・ウクライナ論-砲声止まぬユーラシアを想う-」
「『陸と海の地政学』から紐解く-日本経済の今後と企業経営の課題-」

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西谷 公明

合同会社 N&R アソシエイツ 代表

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