歴史は4度繰り返すか?!

冠省 歴史上、ウクライナはこれまで3度、ロシアと戦争をしてきました。

 まず18世紀はじめ、ロシアとスウェーデンが戦った北方戦争時。次に20世紀はじめのロシア革命時。そして第二次世界大戦期。熾烈な戦闘がおこなわれ、その度に多くの犠牲を生み、結局は敗北しました。
 ウクライナ史上4度目となるこの戦争も、そうなる可能性が高いのかもしれません。

 なにしろ国力、つまり持てる富(資源、技術、工業生産力など)に裏打ちされた戦時の経済力が違い過ぎます。人口や予備役の数、兵器の生産能力などでも、ロシアがウクライナに優ることは明らかでしょう。

 西側による経済制裁はショックを与えましたが、侵攻を始めて半年後にはロシア経済はその耐性を示しました。それを私は、昨年10月にモスクワを訪問して実感しました。

 ロシア経済のパフォーマンスを示す国内総生産(GDP)は、開戦直後にはマイナス10%以上の後退が避けられないとみられたものの、2022年通年では、マイナス2.1%に止まるまで回復しました。国際通貨基金(IMF)は、23年のそれを1.5%のプラスに転じると見通しています。

 かたや、ウクライナの2022年のGDP成長率はマイナス30.4%で、「破綻」と呼ぶにほぼ等しい。しかも、電力はじめ重要インフラの破壊により、この一年で国力をさらに削がれています。欧州委員会(EC)は23年のそれを0.6%のプラスと予想しますが、破綻状態からのわずかな浮上に過ぎません。

 国家財政も破綻しています。財政赤字は毎月30億ドル以上に達すると見られています。

 すでに1年半以上にわたり、西側は国際機関の融資プログラムや二国間の金融支援として、巨額の歳入不足を補填してきました。
 つまり、早い話が「仕送り」です。これらの資金が、政府機能や公共サービスの維持、戦費、通貨の買い支えに当てられてきたのです(むろん、これには日本の資金も含まれます)。

 それに、十分な武器もありません。ウクライナは戦う武器が供与されなければ戦えないのです。

 ちなみに上記の融資には、米国による空前の430億ドルはじめ、西側による軍事支援は含まれません。冷静に考えれば、戦争の帰趨など、はじめから予想できたことでした。
 それでも、もっと武器をくれ、(戦車に加えて今度は)最新の戦闘機が必要だ、というゼレンスキー大統領の「同盟国」への訴えは、ロシア軍の踏ん張りの裏返し?としてしか響きません。

 だがしかし、この戦争について私が憂慮するのは、実はそのことではありません。
 ゼレンスキー政権は、領土を奪還するための戦いという「正義の旗」をいまさら降ろすことはできないでしょう。降ろせば、それこそ政権が瓦解するかもしれないからです。

 とはいえ、もともと30年前、国民の間に政治意識の不一致を内包したまま独立したのがウクライナという国でした。先の見えない戦争が長く続けば、その終わりが来る前に、ゼレンスキー政権自体が持たず、政治が再び混乱し(この国がこの30年間に何度も経験してきたように)、ウクライナそのものが内側から分裂する可能性もあるのではないか。私が思うのは、そのことです。
 そのとき、ウクライナという国が果たしてどういう形で安定するのか。

 しかしながら、それを決められるのは、もはや西側ではありません。ウクライナの人々自身のはずです。

 時節柄、ご自愛くださいますように。

心をこめて

 2023年9月1日

西谷公明

 追伸
 9月から、ロシア・ウクライナ情勢について、「現代ビジネス」に連載寄稿することになりました。ご笑覧頂ければ幸いです。


盛岡、紺谷町の古い家並み

ロシアについて-北方の原形

炎暑の候、皆様には、お変わりなくお過ごしのことと拝察します。

 私事ながら、この夏、司馬遼太郎著『ロシアについて-北方の原形』を再読しました。
 かつて作家は、ロシアに関する二つの長編『坂の上の雲』と『菜の花の沖』を書くために、年齢でいうと40代と50代の10数年もの長い間、ロシアとはなにか、ということを考えつづけたそうです。

 「ロシアの特異性について」と題する第一章で、この国の成立がほんの15、16世紀にすぎない点を重視し、「若い分だけ、国家としてたけだけしい野性をもっている」と述べるとともに、13世紀以降260年の長きにわたったモンゴルの支配(タタールのくびき)が、同じ時期に西欧で進行したルネサンス思想の伝導を遮断し、「ロシアというものの原風景」、すなわちある種の「蛮性」を形成したと、作家は記します。

 「外敵を異様におそれるだけでなく、病的な外国への猜疑心、そして潜在的な征服欲、また火器への異常信仰、それらすべてがキプチャク汗国の支配と被支配の文化遺産だと思えなくはないのです」

 「武力のみが国家をたもつという物騒な思想を、ロシア帝国は、かつて自分たちを支配したキプチャク汗国から学び、ひきつぎました」

 そして、明治、大正の日本を引きつつ、「あとがき」にこう記します。

 「国家にも、器量がある」

 ここで「器量」とは、「人格、人柄、品性とかいった諸概念をあつめて、輪郭をぼやかしたような何か」であると、司馬さんは定義します。

 「国家は、国家間のなかでたがいに無害でなければならない。また、ただのひとびとに対しても、有害であってはならない。すくなくとも国々がそのただ一つの目的にむかう以外、国家に未来はない。
 (中略)
 また平和という高貴でかつ平凡なことばは、その上ではじめて使えるもので、他国に対し心理的にも軍事的にもおびえを感じさせている状態のなかで発すべき性質のものではない」

 作家の深い思いが胸に響きます。

 ところで、司馬さんはまた、「アメリカ合衆国の開拓時代と同様、人間の持つ蛮性-プラス面でいえば民族としての若さ-が推進のエネルギーになっていた」と述べて、やはり若い国である米国とロシアの共通性に触れています。慧眼と言わざるを得ません。

 国家の器量という点では、ウクライナにクラスター爆弾を供与した米国(なんと、他に渡せるタマがなかったらしい!)のそれもまた、問われるべきなのです。

 時節柄、ご自愛くださいますように。

心をこめて

 2023年8月1日

西谷公明

 追伸
 8月3日(木)発売の月刊「東京人」に、ウクライナで活躍する日本企業と、停戦、復興への期待について書きました。ご笑覧頂ければ幸いです。


涼を呼ぶRedwoodの森、California国立公園

プロフィール

西谷 公明(にしたに ともあき)

1953年生まれ

エコノミスト
(合社)N&Rアソシエイツ 代表

<略歴>

1980年 早稲田大学政治経済学部卒業

1984年 同大学院経済学研究科博士前期課程修了(国際経済論専攻)

1987年 (株)長銀総合研究所入社

1996年 在ウクライナ日本大使館専門調査員

1999年 帰任、退社。トヨタ自動車(株)入社

2004年 ロシアトヨタ社長、兼モスクワ駐在員室長

2009年 帰任後、BRロシア室長、海外渉外部主査などを経て

2012年 (株)国際経済研究所取締役・理事、シニア・フェロー

2018年 (合社)N&Rアソシエイツ設立、代表就任

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著 書

  • 復 刊

    ウクライナ 通貨誕生-
    独立の命運を賭けた闘い

    岩波現代文庫、2023年1月

  • 著 書

    ロシアトヨタ戦記

    中央公論新社、2021年12月

    詳細を見る

    目次

    プロローグ
    第一章 ロシア進出
    第二章 未成熟社会
    第三章 一燈を提げて行く
    間奏曲 シベリア鉄道紀行譚
    第四章 リーマンショック、その後
    エピローグ
    あとがき

  • 著 書

    ユーラシア・ダイナミズム-
    大陸の胎動を読み解く地政学

    ミネルヴァ書房、2019年10月

    詳細を見る

    目次

    関係地図
    はしがき-動態的ユーラシア試論
    序 説 モンゴル草原から見たユーラシア
    第一章 変貌するユーラシア
    第二章 シルクロード経済ベルトと中央アジア
    第三章 上海協力機構と西域
    第四章 ロシア、ユーラシア国家の命運
    第五章 胎動する大陸と海の日本
    主要参考文献
    あとがき
    索 引

  • 著 書

    通貨誕生-
    ウクライナ独立を賭けた闘い

    都市出版、1994年3月

    詳細を見る

    目次

    はじめに
    序 章 ウクライナとの出会い
    第一章 ゼロからの国づくり
    第二章 金融のない世界
    第三章 インフレ下の風景
    第四章 地方周遊~東へ西へ
    第五章 ウクライナの悩み
    第六章 通貨確立への道
    第七章 石油は穀物より強し
    終 章 ドンバスの変心とガリツィアの不安
    後 記
    ウクライナ関係年表

研究調査

ロシア、ウクライナ研究をオリジナル・グラウンドとし、 ユーラシア全体をキャンバスとする広域的なテーマを中心にして実践的な研究調査をおこなっています。

講 演

ロシア情勢、ウクライナ情勢を中心に、現地での経験談や苦労談などを織り交ぜながら、わかりやすい講演を心がけています。最近の演題例は次のとおりです。

「ウクライナ戦争-独立から30年後の現在と今後の展望」
「オンリー・イエスタデイ-我が体験的ロシア論」

ロシア情勢、ウクライナ情勢を中心に、現地での経験談や苦労談などを織り交ぜながら、わかりやすい講演を心がけています。最近の演題例は次のとおりです。

「わが体験的ロシア・ウクライナ論-砲声止まぬユーラシアを想う-」
「『陸と海の地政学』から紐解く-日本経済の今後と企業経営の課題-」

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西谷 公明

合同会社 N&R アソシエイツ 代表

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