砲声止まぬユーラシアを思う

 11月24日、夜のニュースで作家、伊集院静氏の訃報を聞きました。
 「くらげ」、「乳房」・・・「いねむり先生」・・・。
 週末、あらためて読み返しました。けれん味のない言葉を紡いで、どれもさりげなく、それでいて生きる人への慈しみがにじむ。書くことは生きること。短編集の「あとがき」もいい。ひとかどの大人が書く文章とはこういうものか、と考え込みます。
 心より、ご冥福をお祈り申し上げる次第です。 合掌

 さて、オーバーホールしてしまった腕時計さながら、暑くて長い夏が終わったと思ったら、12月です。
 9月から、現下の戦争について思うところを『現代ビジネス』へ寄稿しています。30年間、ウクライナを見てきたうえでの拙い論稿。ご笑覧くだされば幸いです。

 「ウクライナはロシアに勝てるか-戦時の経済力が違いすぎる」(9月3日)
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 「ロシア経済、短期的には戦争特需、長期的にはイラン化」(10月3日)
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 「10年毎に繰り返される革命-ウクライナはウクライナ人にしか救えない」(11月8日)
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 幸いにも、これまでのところ、プーチン大統領は核兵器を使っていません。戦渦はウクライナ領土外へ広がることもなく、第三次世界大戦も起きていません。

 全面戦争にならないのは、アメリカが兵器の供与を通じてウクライナの暴走を管理している面もありますが、何よりもロシアとウクライナの当事者同士の間で、攻撃に抑制が効いているからではないかと思います。殺し合ってはいても、そこはやはり、同じスカンディナヴィアのバイキング(リューリク家)から発祥し、その血を分けた者たち同士なのですから。

 イスラエルとハマスの戦争とは、根本的にそこが違います。昨年3月末、ロシアとの停戦協議を打ち切って、戦いを続けるように干渉したのは、キーウを訪れた英ジョンソン首相(当時)だったというゼレンスキー政権与党幹部の証言も報じられています。誰のためかわからない戦争など、そろそろ止めにしたらどうか?という声が聞こえてきます。

 他方、先日、キーウで暮らす友人は、メールでこう伝えてきました。
 「私たちは戦争を続けたいわけではありません。ロシアの影響下から逃れたいだけなのです」

 この半年、戦況はほぼ膠着しています。ゼレンスキー大統領は、戦時のリーダーとしていっとき英雄視されました。けれども二度目の冬を迎えたいま、国民のこの願いにどう応えることができるのか。領土を取り返すための戦いだけが、政治のすべてではありません。

 友人のコジャラさんの言(上記『現代ビジネス』寄稿)を敷衍すると、2024年はこの戦争の口火となったマイダン政変から10年目に当たります。最悪のシナリオは、この国が再び混乱の坩堝と化す事態です。ウクライナ国民の安寧をどう担保するか。きっと最後は、そこに行き着くはず。水面下で、出口を模索するための協議が始まっていることを願いたいと思います。

 少し早いですが、メリー・クリスマス🔔

心をこめて

 2023年12月1日

西谷公明


サンフランシスコ、チャイナタウンにて

日本は本当に大丈夫か?!

 私はいま、カリフォルニアの海辺で日本を見ている。
 この週末、サンフランシスコ市内では、イスラエルによるパレスチナ空爆と地上侵攻の停止を叫ぶ大規模なデモがありました。ウクライナ支援の声は、どこか遠ざかった感があります。

 西海岸のベッドタウン、フリーモント界隈で白人を見かけることはごく稀です。ここの住民の大半はインド人、メキシカン、チャイニーズとアジア系。地区の州立学校に白人の子供はいない由。白人の多くはサンフランシスコ湾に架かる橋を渡った西のスタンフォードで暮らす。

 それでも、もともと雑多な人種(日本人を含めて)が、互いに交わることなく共存するのがアメリカという国でした。通りすがりの旅人に、「社会の分断」は言われるほどには感じられません。
 ただし、治安は確実に悪化しているようですが。

 他方、当地に来て感じるのは、「テスラ」を多く見かけることと、物価高に加えての「円安」です。

 基軸通貨ドルに対する円の価値は、2022年3月には1ドル=120円前後だったのが、23年10月末には150円と、この1年半にまるで坂道を転がるように下落しました(ロシアにおけるルーブル下落を笑ってばかりいられません)。

 サンフランシスコの街角でピザを2枚とグラスワインを2杯、デザートを注文して合計90ドル。物価高の影響もあるとはいえ、手持ちの円に換算するとなんと1万4000円也!円の価値がここまで堕ちたことに愕然とせざるを得ません。

 逆の思いをいま、本国で物価高に苦しむ外国人が日本へ来て楽しんでいるはずです。安全で、どこかエキゾチックで、人々は親切で、しかもすべてが安い! いまどきこんな快適な旅行先など、世界中どこを探してもないでしょう。

 およそ歴史の変化と呼ぶべき現象は、あるとき静かにはじまって、長い時間をかけてゆるやかに進行するものではないかと思います。そしてある日、気づいたとき、新しい現実として眼前に現れる。

 外国人にとり、日本はいまや、パラダイス以外の何物でもありません。EVの普及も含めて、日本はすっかり“ガラパゴス化”している。それは日本で暮らす限りわからない、海外へ出て、はじめてわかる現実です。

 ところで、日本企業の駐在員は、限られた任期中に当地で子供を産むことを望むそうです。生まれてくる子供にアメリカ国籍を取得させて、将来選択できるようにするためなのだとか(この点でも、ロシア人のことを笑えません)。
 「出直すしかないですよ」
 昨年12月に卒寿を迎えた「相談役」の胴間声が聞こえそうです。

 時節柄、ご自愛くださいますように。

心をこめて

 2023年11月1日

西谷公明


米国西海岸、モントレーの浜辺に遊ぶ

プロフィール

西谷 公明(にしたに ともあき)

1953年生まれ

エコノミスト
(合社)N&Rアソシエイツ 代表

<略歴>

1980年 早稲田大学政治経済学部卒業

1984年 同大学院経済学研究科博士前期課程修了(国際経済論専攻)

1987年 (株)長銀総合研究所入社

1996年 在ウクライナ日本大使館専門調査員

1999年 帰任、退社。トヨタ自動車(株)入社

2004年 ロシアトヨタ社長、兼モスクワ駐在員室長

2009年 帰任後、BRロシア室長、海外渉外部主査などを経て

2013年 (株)国際経済研究所取締役・理事、シニア・フェロー

2018年 (合社)N&Rアソシエイツ設立、代表就任

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  • 講 演

    わが体験的ロシア・ウクライナ論

    (一社)内外情勢調査会 岐阜/東濃支部懇談会

    2023年10月19日 中之郷テラス

    概要はこちら

著 書

  • 復 刊

    ウクライナ 通貨誕生-
    独立の命運を賭けた闘い

    岩波現代文庫、2023年1月

  • 著 書

    ロシアトヨタ戦記

    中央公論新社、2021年12月

    詳細を見る

    目次

    プロローグ
    第一章 ロシア進出
    第二章 未成熟社会
    第三章 一燈を提げて行く
    間奏曲 シベリア鉄道紀行譚
    第四章 リーマンショック、その後
    エピローグ
    あとがき

  • 著 書

    ユーラシア・ダイナミズム-
    大陸の胎動を読み解く地政学

    ミネルヴァ書房、2019年10月

    詳細を見る

    目次

    関係地図
    はしがき-動態的ユーラシア試論
    序 説 モンゴル草原から見たユーラシア
    第一章 変貌するユーラシア
    第二章 シルクロード経済ベルトと中央アジア
    第三章 上海協力機構と西域
    第四章 ロシア、ユーラシア国家の命運
    第五章 胎動する大陸と海の日本
    主要参考文献
    あとがき
    索 引

  • 著 書

    通貨誕生-
    ウクライナ独立を賭けた闘い

    都市出版、1994年3月

    詳細を見る

    目次

    はじめに
    序 章 ウクライナとの出会い
    第一章 ゼロからの国づくり
    第二章 金融のない世界
    第三章 インフレ下の風景
    第四章 地方周遊~東へ西へ
    第五章 ウクライナの悩み
    第六章 通貨確立への道
    第七章 石油は穀物より強し
    終 章 ドンバスの変心とガリツィアの不安
    後 記
    ウクライナ関係年表

研究調査

ロシア、ウクライナ研究をオリジナル・グラウンドとし、 ユーラシア全体をキャンバスとする広域的なテーマを中心にして実践的な研究調査をおこなっています。

講 演

ロシア情勢、ウクライナ情勢を中心に、現地での経験談や苦労談などを織り交ぜながら、わかりやすい講演を心がけています。最近の演題例は次のとおりです。

「ウクライナ戦争-独立から30年後の現在と今後の展望」
「オンリー・イエスタデイ-我が体験的ロシア論」

ロシア情勢、ウクライナ情勢を中心に、現地での経験談や苦労談などを織り交ぜながら、わかりやすい講演を心がけています。最近の演題例は次のとおりです。

「わが体験的ロシア・ウクライナ論-砲声止まぬユーラシアを想う-」
「『陸と海の地政学』から紐解く-日本経済の今後と企業経営の課題-」

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西谷 公明

合同会社 N&R アソシエイツ 代表

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各種お問い合わせはこちらまで

Email:nr-associates@mbr.nifty.com

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