「不寛容」という伝説

 前略 陽射しが高くなりました。
 皆様には、お変わりなくお過ごしのことと思います。

 ウクライナ戦争は5度目の春を迎えようとしています。
 塹壕戦は膠着し、銃後の経済の消耗戦はつづきます。

 ロシア経済は、どうやら初期の戦争景気の2年間(2023・24年)を過ぎて、市民生活を犠牲にして前線を支えざるをえない段階に入っているようです。
 ウクライナの方は、ひきつづき国際通貨基金(IMF)の融資で通貨を買い支えつつ、日本を含む西側と欧州連合(EU)の財政支援で戦費を賄い、政府を維持している状態です(アメリカは一年前に支援を打ち切りました)。

 ロシアのプーチン大統領の目的が、ウクライナにおけるゼレンスキー政権の追放と、同国の武装解除・緩衝国家化にあることは、もはや誰の目にも明らかです。ゼレンスキー大統領はそれを十分に承知していればこそ、白旗を揚げることなどできないのです。

 トランプ米大統領(そういえば、数えで80歳になるそうです)による大国外交が成功するかどうか、そこはわかりません。
 けれども、アメリカが大国主義を押し付けることが、逆にウクライナにおけるゼレンスキー氏の求心力を高めることにもなっているようです(大統領としての任期は、2年前の5月19日で切れているにもかかわらず)。かくして、ウクライナの存亡を賭けたロシアとの戦争はつづきます。

 一方、戦争の終結は、ひとりウクライナだけでなく、広くヨーロッパにおける安全保障の再構築と連動しています。また、その限りで、そう容易く終わるとも思えません。

 私は、ヨーロッパの主要国がロシアとの断絶を解き、対話の再開と和平の模索へ動き出すことこそが、ヨーロッパ自身の利益になるだけでなく、同時にそれこそが、「はざまの国」 ウクライナに永続的な平和と安定をもたらす道でもあると考えています。

 そしてウクライナは、30年前の独立の原点にいま一度立ち返り、自ら主体的に「中立」の旗を掲げてはどうかと考えています。ロシアの圧力に屈するというのでは決してなく、平和と繁栄のための「主権国家の選択」として。ロシアと戦いつづけることを存在価値とする国に、希望の未来があるとは思えません。

 しかしながら、銃後の経済に戻れば、当面の焦点は次の2点です。

 ひとつは、EUによる900億ユーロ(約16兆5000億円)の無利子融資が、正式に承認されるかどうか。これが実行されなければ、ウクライナの戦時財政は持ちません。EUの財政支援を条件のひとつとするIMF融資(総額82億ドル)が停止されれば、通貨も暴落するでしょう。

 もうひとつは、イラン情勢です。近い将来、トランプ政権がイランに対する軍事作戦を実施すれば、戦火は中東を巻き込んで、ホルムズ海峡が封鎖される事態も予想されます。プーチン大統領は、ひと息つけるかもしれません。

 最後に、4年前の3月6日朝、ウクライナのキーウ地区裁判所前の路上で、ひとりの金融マンが保安庁員(情報機関員です)によって処刑されました。理由は国家反逆罪でした。
 そのでき事について、時事通信配信のコラムに書きました。
『ウクライナがドンバスを放棄する日』詳細はこちら

 付言すれば、当時、他にもふたりの紳士が、同様に処刑されています。急進的な民族主義者の「不寛容」が、そこにあります。私は、彼らが抱く狭隘なる「非ロシア(ロシアにあらず)の精神」に危うさを禁じ得ません。

 本オフィシャルサイトは、これまでお世話になった、あるいは一期一会のご縁に与かったすべての皆さまに宛てて、日頃のご無沙汰をお詫びしつつ、毎月1日にご挨拶に代えて更新しています。

 それにしても、「りくりゅう」の輝きは明るいニュースではありました。
 季節の変わり目、どうぞご自愛くださいますように。

敬具

 2026年3月1日

西谷公明


夕暮れ時に早咲きの桜をみる

大寒波と総選挙

 前略 地球温暖化のはずではなかったか、と思います。

 天文学の世界には、氷期と間氷期(=温暖期)が10万年周期で交代すると説く気候変動理論がある由。有限の時を生きる人間社会がつくった温室効果ガスの影響はそれとして、かたや宇宙という無限の空間と永遠の時間のなかで、太陽という、とてつもなく巨大で、無限のエネルギーを放ちつづける天体の力を思わざるをえません。

 一方、大寒波のもとでおこなわれる総選挙では、折からの物価高対策として、消費減税が大きな争点になっています。
 しかしながら消費税は、持続ある社会保障と一体の財源として制度化されました。いわば、国民が将来にわたって生活の安心を得るための基盤です。安易に手をつけるべきではないし、その必要もありません。

 同時に、すべての高齢者は、現役世代のお世話になっていることを忘れてはなりません。深沢七郎著『楢山節考』に出てくる「おりんさん」のことを思い起こします。若い世代は、給与がインフレで目減りすること、将来の年金も当てにできないことをよくわかっています。せめて、彼もしくは彼女たちをさまざまに応援し、希望の持てる将来を設計できるように力を貸すことこそが、私たち高齢者の役割であるべきと心得ます。

 そして、高齢者のもうひとつの役割が、政治の錘(おもり)になることです。

 自民党総裁で首相の高市早苗氏は、大きな「政策転換」をおこなうと公言しています。私は、この度の解散・総選挙の真の争点は、⑴財政拡張、⑵安全保障政策の転換、⑶憲法改正にあるとみています。
 つまり、それは故安倍晋三氏が途半ばにしてやり残したことの継承です。

 この3つの政策転換の是非を問う。多くの国民にとってそうではなくても、少なくとも政治家、高市早苗にとってはそういうことなのだろうと思います。
 だからこそ、彼女は「日本の総理が高市早苗でよいかどうかを問う」と言っているし、それに「進退を賭ける」とまで言い切っているのです(この発言には驚かされました)。この正月、彼女が故人の遺影を携えて伊勢神宮を参詣したことは象徴的でもありました。

 けれども、とうにピークアウトし(安い円と内向きの社会が象徴しています)、余力の乏しい日本経済にとり、財政のいっそうの拡張は大きな賭けとなるにちがいありません。その先に待つのは、活力のない高インフレの経済です。
 プライマリーバランス(歳入と、国債の利払いを除いた歳出の均衡)の維持こそは、財政規律の根幹でありつづけるべきだし、防衛インフラの強化は必要だとしても、憲法を改正する必要はないと考えます。憲法改正は、その第9条を特別な柱とする日本の国家像の修正を意味します。

 他方、高市首相は、「台湾有事」を日本の「存立基盤危機」であると、さきの国会で言ってのけ、日本の国益を損ねました。
 彼女にとり、選挙に勝って国論を固めつつ、大国アメリカとの揺るぎない同盟を確認して、もうひとつの大国中国と向き合っていく以外に、いまさら選択肢はないのかもしれません。が、いずれにせよ、これから長期間、激動が予想され、変転する世界のなかで、日中関係が悪化することはあっても改善することはないはずです。

 「日本の総理が高市早苗でよいですか?」 「NO!」

 私自身は、「チームみらい」を応援しています。「未来は明るいと信じられる国へ」、そういう政治を切に希求する次第です。

 最後に、昨年末、脇田成氏(東京都立大学教授)から、ご高著『いまどうするか日本経済』(ちくま新書)を献本いただきました。

 面識のない私宛になぜだろう?読み進めていくうちに、理由がわかりました。ウクライナでの経験が、通貨にまつわるエピソードとして記されていたからです。拙著『ウクライナ通貨誕生-独立の命運を賭けた闘い』(岩波現代文庫)が、参考文献として挙げられていたことも光栄でした。この場を借りて、お礼申し上げます。

 本オフィシャルサイトは、これまでお世話になった、あるいは一期一会のご縁に与かったすべての皆さまに宛てて、日頃のご無沙汰をお詫びしつつ、毎月1日にご挨拶に代えて更新しています。

 「日本人は、また一から出直すしかないのだぞ」、相談役の声が聞こえます。
 凍てつく日々、どうぞご自愛くださいますように。

敬具

2026年2月1日

西谷公明


田北志のぶさんのバレーを観る
(1月14日、アプリコ・ホールにて)

プロフィール

西谷 公明(にしたに ともあき)

1953年生まれ

エコノミスト
(合社)N&Rアソシエイツ 代表

<略歴>

1980年 早稲田大学政治経済学部卒業

1984年 同大学院経済学研究科博士前期課程修了(国際経済論専攻)

1987年 (株)長銀総合研究所入社

1996年 在ウクライナ日本大使館専門調査員

1999年 帰任、退社。トヨタ自動車(株)入社

2004年 ロシアトヨタ社長、兼モスクワ駐在員室長

2009年 帰任後、BRロシア室長、海外渉外部主査などを経て

2013年 (株)国際経済研究所取締役・理事、シニア・フェロー

2018年 (合社)N&Rアソシエイツ設立、代表就任

What's New

最新ニュース

  • コラボ

    中国ウォッチ(42)

    春の嵐~高まる中東の緊張

    記事を見る

  • 寄 稿

    ウクライナがドンバスを放棄する日

    時事通信『コメントライナー』2026年2月5日

    詳細はこちら

  • コラボ

    中国ウォッチ(41)

    日中関係悪化と日本企業の戦略

    記事を見る

  • 講 演

    JOIグローバルトピックセミナー

    「ロシア・ウクライナ戦争-霞む和平」(抄録)

    『海外投融資』(2026年1月号)

    詳細はこちら

著 書

  • ウクライナ 通貨誕生-
    復 刊

    ウクライナ 通貨誕生-
    独立の命運を賭けた闘い

    岩波現代文庫、2023年1月

  • ロシアトヨタ戦記

    著 書

    ロシアトヨタ戦記

    中央公論新社、2021年12月

    詳細を見る

    目次

    プロローグ
    第一章 ロシア進出
    第二章 未成熟社会
    第三章 一燈を提げて行く
    間奏曲 シベリア鉄道紀行譚
    第四章 リーマンショック、その後
    エピローグ
    あとがき

  • ユーラシア・ダイナミズム-

    著 書

    ユーラシア・ダイナミズム-
    大陸の胎動を読み解く地政学

    ミネルヴァ書房、2019年10月

    詳細を見る

    目次

    関係地図
    はしがき-動態的ユーラシア試論
    序 説 モンゴル草原から見たユーラシア
    第一章 変貌するユーラシア
    第二章 シルクロード経済ベルトと中央アジア
    第三章 上海協力機構と西域
    第四章 ロシア、ユーラシア国家の命運
    第五章 胎動する大陸と海の日本
    主要参考文献
    あとがき
    索 引

  • 通貨誕生-ウクライナ独立を賭けた闘い

    著 書

    通貨誕生-
    ウクライナ独立を賭けた闘い

    都市出版、1994年3月

    詳細を見る

    目次

    はじめに
    序 章 ウクライナとの出会い
    第一章 ゼロからの国づくり
    第二章 金融のない世界
    第三章 インフレ下の風景
    第四章 地方周遊~東へ西へ
    第五章 ウクライナの悩み
    第六章 通貨確立への道
    第七章 石油は穀物より強し
    終 章 ドンバスの変心とガリツィアの不安
    後 記
    ウクライナ関係年表

研究調査

ロシア、ウクライナ研究をオリジナル・グラウンドとし、 ユーラシア全体をキャンバスとする広域的なテーマを中心にして実践的な研究調査をおこなっています。

講 演

「ロシアとウクライナ」を軸として、冷戦終結後の30年を振り返りつつ、(一社)内外情勢調査会をはじめさまざまな場所で、心に響く講演を心がけて発信しています。

西谷公明オフィシャルサイト
Tomoaki Nishitani official site

つぶやき