平和の地政学

拝啓 近所の商店街は春色です。
皆様には益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。

 停戦後の制裁緩和を期待してか、ロシア・ルーブルが買われています。ルーブルはドルに対し、年初以来3ヵ月で25%も上昇しました(下図)。


 ところで、ウクライナ戦争の実相について、米コロンビア大学のジェフリー・サックス教授が去る2月19日、 『平和の地政学』 と題して欧州議会で講演し、話題になっています(YouTube動画が地球上を駆け巡っている!)。

 同教授は、まずクリントン政権(1993‐2001)によるNATO(北大西洋条約機構)の東方拡大決定から紐解きます。
 そして、ウクライナにおけるマイダン政変(2014年2月)へのアメリカの関与、翌年のミンスク停戦合意(15年2月)の不履行などについて述べます。

 さらに、ロシアによる侵攻前の最後通牒となったプーチン大統領による安全保障協定案の提示(21年12月)と、それに対して無視を決め込んだバイデン政権幹部との電話でのやりとり、侵攻ひと月後にトルコの仲介でおこなわれた和平協議(22年3月末)が流れた経緯などに言及しつつ、何よりもアメリカがこの30年間に世界でおこなってきたことと、その背景にあった一極支配主義の論理について率直に語ります。

 そして、欧州に対してアメリカ追従の戦争政策を転換し、ロシアや中国を含む国々と独自の外交関係を再構築する必要性を説きました。

 「私がそう話すのは、私の見解が二次情報やイデオロギーに基づくものではなく、私自身が直接目にし、経験してきたことに基づいているからだ」

 こう前置きして語る内容には説得力があります。

 ついでながら、1993年から94年にかけての時期、同教授はウクライナ政府に対して価格自由化と緊縮政策の実施をすすめ、ハイパーインフレ収束と通貨「フリブナ」導入(96年9月)への道筋をつけました。私自身も、この時期、キーウを訪れて同氏と会見しています。

 ロシアによるウクライナ侵攻を、西側はどうして防げなかったのか。ロシアのみを「悪」と断じ、ただ拒絶するのではなく、アメリカと西側自身を鏡に映して考える。ぜひとも、ご視聴をお薦めする次第です。
 その模様はこちら

 この戦争が、ウクライナを戦場とするロシアとアメリカ&NATOの代理戦争であるという見方は、決して「ナラティブ」(物語の力を利用した意味づけ)などではありません。トランプ政権が誕生し(たとえ、その性格がどうであれ)、アメリカによる一極支配主義が終わろうとするいま、ウクライナ戦争に漸く出口が見えてきたことは歴史の必然と言えるでしょう。

 ヨーロッパがロシアとの対話を再開し、善隣関係をリセットすることこそが、ヨーロッパ自身の利益になるという同教授の意見に賛成です。同時にそれが、「はざまの国」 ウクライナに永続的な平和と安定をもたらす道でもあると私は考えています。

 他方、ウクライナは主権を守り、領土を守り、国民の命を守る。そのために、30年前の独立の原点に立ち返って、「中立」の旗を掲げてはどうか。ロシアの圧力に屈するのでは決してなく、主権を守るための主体的な選択として。

 ロシアと戦い続けることを、ヨーロッパにおけるウクライナの存在意義にしてはなりません。

 小論を「現代ビジネス」へ寄稿しました。
 「コウノトリが棲む国の、将来における『中立国』という選択肢」
 ご笑覧賜れば幸甚です。記事を見る

 本オフィシャルサイトは、これまでお世話になった、あるいは一期一会のご縁に与かったすべての皆さまに宛てて、日頃のご無沙汰をお詫びしつつ、月のはじめにご挨拶に代えて更新しています。

 時節柄、ご自愛くださいますように。

心をこめて

 2025年4月1日

西谷公明


長崎、丸山町にて幕末の志士を偲ぶ

変わらない夢を見たがる者たち

 “シュプレヒコールの波 通り過ぎてゆく
 変わらない夢を 流れに求めて ・・・”

 その波と戦うように、トランプ大統領の発言が大西洋上にこだまします。

 同大統領は、バイデン前政権が主導した「終わらない戦争」を終わらせるため、元締め同士の手打ちに乗り出しました。同時にヨーロッパの首脳たちに対し、自分がプーチン大統領と渡りをつけるので、あとのことはヨーロッパの問題としてやってくれ、と突き放しました。

 トランプ独善王による、まるで不動産ビジネスさながらの取引(ディール)外交に対しては、その危うさを懸念する声もあります。そして、なぜかその声は、同氏の発言を「ロシア寄り」と色付けして非難する怒りの合唱とも重なります。

 3年前の2月、ロシアはウクライナへ軍事侵攻し、冷戦終結後の世界に「乱世」を呼び込みました。それが自由と民主主義の超大国、アメリカの支配による「平和のルール」を真っ向から踏みにじる暴挙だったことは言うまでもありません。

 「力による領土の侵害を許してはならない」
 「ロシアに勝たせてはならない」
 「われわれの結束は揺るぎない」

 同じ3月、ベルギーで開かれた北大西洋条約機構(NATO)臨時首脳会議のテーブルで、バイデン氏は拳を振り下ろしながらそう述べて、西側有志国と大西洋同盟を糾合して未曽有の「ロシア征伐」に乗り出すのでした。

 もちろん、いかなる侵略行為も許してはなりません。けれども半面、アメリカの言う「正義」にも、いかがわしさが付きまといます。ウクライナを長い間見てきた私には、西側の主張は同時に、独立後の30年におけるふたつの出来事を想起させるものでもあるからです。

 2004年12月の「オレンジ革命」と、14年2月の「マイダン政変」が、それです。

 オレンジ革命は、当時旧ソ連諸国を席巻した「民主化」という名の、いわゆる「カラー革命」のひとつでしたが、投資家ジョージ・ソロス氏が興したオープン・ソサエティ財団や、全米民主主義基金はじめアメリカ国際開発庁(USAID)のもとで活動する団体が資金提供したことがさまざまに取沙汰されています。

 また、それから10年後に起きたマイダン政変にアメリカ政府が関与したことは、時のオバマ大統領自身も認めています。そして当時、副大統領としてウクライナ政策を担当していたのが、ジョー・バイデン氏その人に他なりません。政変後に誕生した親欧米のポロシェンコ政権に対する同氏の入れ込みようは、キーウ市民の間で広く知られるところでもありました。

 そして、このふたつの政変を経て、ウクライナは「独立宣言」(1991年8月24日採択)に謳った「中立」を撤回し(撤回そのものは、96年6月の新憲法採択時)、将来のNATO加盟を国家の進むべき道として憲法を改正して明記することになるのです(もっとも、憲法に規定すれば実現する、というわけでもなかったのですが)。

 トランプ大統領は、そもそもウクライナをNATO加盟へ向かわせたことが現下の戦争の引き金になったとして、バイデン前政権がおこなった政策をあっさり否定してみせました。

 それは次の3つのことを意味している、と私は見ています。

 1)トランプのアメリカは、ウクライナ問題への関与に見切りをつけて(帰趨はすでに決しています)、いわば一国単独主義へ大きく舵を切ったのだと思います。
 2)その先に見えるのは、米・中・ロの3大国が、力を背景にしてディールで仕切る世界なのかもしれません(結城隆さんの 『中国ウォッチ』 をご一読ください)。
 3)かたやこの戦争の終章は、大陸におけるロシアとヨーロッパ(ふたつの核保有国、英・仏)の間の安全保障をめぐる対立へフェーズを移しつつあります。

 そして、ドンバスの砲声はいまも続きます。
 “シュプレヒコールの波”は収まりそうもありません。

 最後に、ウクライナ戦争について、ふたつ寄稿しました。
 ・現代ビジネス 『ウクライナ戦争の終結に寄せる』(2月7日掲載) 詳細はこちら
 ・時事通信社コメントライナ 『ウクライナ戦争、終わり方の難しさ』(2月10日配信) 詳細はこちら
 ご笑覧いただければ幸いです。

 本オフィシャルサイトは、これまでお世話になった、あるいは一期一会のご縁にあずかったすべての皆さまに宛てて、日頃のご無沙汰をお詫びしつつ、月のはじめにご挨拶に代えて更新しています。

 春が、もうすぐそこです。時節柄、どうぞご自愛くださいますように。

心をこめて

 2025年3月1日

西谷公明


青空に冴える(石神井川沿いの小径にて)

プロフィール

西谷 公明(にしたに ともあき)

1953年生まれ

エコノミスト
(合社)N&Rアソシエイツ 代表

<略歴>

1980年 早稲田大学政治経済学部卒業

1984年 同大学院経済学研究科博士前期課程修了(国際経済論専攻)

1987年 (株)長銀総合研究所入社

1996年 在ウクライナ日本大使館専門調査員

1999年 帰任、退社。トヨタ自動車(株)入社

2004年 ロシアトヨタ社長、兼モスクワ駐在員室長

2009年 帰任後、BRロシア室長、海外渉外部主査などを経て

2013年 (株)国際経済研究所取締役・理事、シニア・フェロー

2018年 (合社)N&Rアソシエイツ設立、代表就任

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    陸と海と-ウクライナ戦争の終結に寄せる

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著 書

  • ウクライナ 通貨誕生-
    復 刊

    ウクライナ 通貨誕生-
    独立の命運を賭けた闘い

    岩波現代文庫、2023年1月

  • ロシアトヨタ戦記

    著 書

    ロシアトヨタ戦記

    中央公論新社、2021年12月

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    目次

    プロローグ
    第一章 ロシア進出
    第二章 未成熟社会
    第三章 一燈を提げて行く
    間奏曲 シベリア鉄道紀行譚
    第四章 リーマンショック、その後
    エピローグ
    あとがき

  • ユーラシア・ダイナミズム-

    著 書

    ユーラシア・ダイナミズム-
    大陸の胎動を読み解く地政学

    ミネルヴァ書房、2019年10月

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    関係地図
    はしがき-動態的ユーラシア試論
    序 説 モンゴル草原から見たユーラシア
    第一章 変貌するユーラシア
    第二章 シルクロード経済ベルトと中央アジア
    第三章 上海協力機構と西域
    第四章 ロシア、ユーラシア国家の命運
    第五章 胎動する大陸と海の日本
    主要参考文献
    あとがき
    索 引

  • 通貨誕生-ウクライナ独立を賭けた闘い

    著 書

    通貨誕生-
    ウクライナ独立を賭けた闘い

    都市出版、1994年3月

    詳細を見る

    目次

    はじめに
    序 章 ウクライナとの出会い
    第一章 ゼロからの国づくり
    第二章 金融のない世界
    第三章 インフレ下の風景
    第四章 地方周遊~東へ西へ
    第五章 ウクライナの悩み
    第六章 通貨確立への道
    第七章 石油は穀物より強し
    終 章 ドンバスの変心とガリツィアの不安
    後 記
    ウクライナ関係年表

研究調査

ロシア、ウクライナ研究をオリジナル・グラウンドとし、 ユーラシア全体をキャンバスとする広域的なテーマを中心にして実践的な研究調査をおこなっています。

講 演

「ロシアとウクライナ」を軸として、冷戦終結後の30年を振り返りつつ、(一社)内外情勢調査会をはじめさまざまな場所で、心に響く講演を心がけて発信しています。

西谷公明オフィシャルサイト
Tomoaki Nishitani official site

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