空と雲と、風の歌を聴きながら

 明けまして、おめでとうございます。

 「どうなっとるんだ」と、電話の声はボソッと言いました。相談役から突然電話があったのは、2022年2月半ばのある晩のことでした。話題はウクライナ情勢のことでした。

 前年12月、私は 『ロシアトヨタ戦記』 を中央公論新社から上梓していました。日本の「失われた30年」という視界のなかで、私が体験したロシアにおけるトヨタと、その一時代について書きました。
 「君の本を読んだぞ」とも、言っていました。電話の理由が分かりました。叱られなくて、ほっとしました。ほどなくしてロシアのウクライナ侵攻が始まって、私の「戦記」にはミソがつきましたが。

 「まもなく米ロ首脳会談が3年ぶりにおこなわれ、ウクライナ戦争は多分、収束へ向かうでしょう。<中略>この上、ウクライナに必要な支援は、もはや戦うための武器ではありません。平穏な日々と復興へ向けた支えです。そして、西側の政治指導者に求められるのは、ロシアのプーチン大統領との対話です」

 開戦からほぼ3年が過ぎた昨年元旦、私は本サイトにこう記しました。残念ながら、その期待は外れ、戦争は続きました。

 一体全体、どうしてこんなことになってしまったのだろう、と思います。
 ロシアのプーチン大統領は、図らずも国境の向こうに敵対国をつくりました。しかも、大きなナショナリズムの塊(かたまり)のような国として。

 歴史上、すべての戦争は領土をめぐって争われてきました。ウクライナ人の報復主義は世代を越えて引き継がれるでしょう。それは、幾世代ものロシアの政治指導者にとり、脅威であり続けるにちがいありません。プーチン氏が「根本原因の除去」を主張するのも、そのためです。

 他方、4年近く前のロシアのウクライナ侵攻を、西側はロシアの野望に対する「抑止の失敗」と見做し、かたやロシアは、冷戦終結後のヨーロッパにおける安全保障秩序の構築を無視した「西側の傲慢さ」に、この戦争の責任を問うています。

 互いの認識の違いの溝は、「断絶の壁」と化しました。プーチン氏が、戦争目標を後退させる可能性は低いでしょう。したがって、その限りで砲声は止みません。それが、多くのロシア人の望むことではないとしても。

 はたして、ヨーロッパは「はざまの国」を守れるだろうか、とも思います。
 ヨーロッパにとり、ウクライナ和平の行方は、ヨーロッパ自身の安全保障をどうするかという問題と同義です。

 アメリカは、大西洋の向こうの戦争と距離を置きました。ヨーロッパは、域内における政治の不安定化と経済の停滞に沈んでいます。
 私は、まずはヨーロッパがロシアとの対話を再開し、善隣関係の再構築へ向けてリセットすることこそが、ヨーロッパ自身の利益になるし、「はざまの国」 ウクライナに永続的な平和と安定をもたらす道でもあると考えています。

 ゼレンスキー大統領自身も、国民の審判を仰ぐべき時が近そうです。戒厳令下、大統領の任期はすでに1年半以上にわたって延長され、最高会議議員の選挙も延期されてきました。

 そもそも、「銃」も「パン」も西側頼みの抗戦を、長く続けることには限界がありました。国の現実をみれば、支援が滞るときが、終わりの始まりでもあったのですから。ロシアと戦うことだけが政治のすべてではないはずですし、国民を守ることを意味しないのは言うまでもありません。

 昨年暮れに、ネットメディアへ寄稿しました。1年前に書いた寄稿「トランプ流『リアリズム』が世界を覆う時」の続編ともいうべき小論。ご笑覧賜れば幸いです。
 「ウクライナ戦争:霞む正義か、希望の和平か」
 (時事通信社Janet 25.12.19配信)詳細はこちら

 本オフィシャルサイトは、これまでお世話になった、あるいは一期一会のご縁に与かったすべての皆さまに宛てて、日頃のご無沙汰をお詫びしつつ、毎月1日にご挨拶に代えて更新しています。

 皆様はどうされておられるか、と思います。日本は大丈夫か、とも思います。
 おかげさまで、昨年1月に骨折した私の膝の怪我も、どうやら回復しました。春先まで、しばらく怠けていた執筆に専念し、その後はもうしばらく、現場主義の旅を続ける考えです。少しのんびり、空と雲と、風の歌を聴きながら。

 皆さまにとり、素晴らしい一年となりますように。
 本年も、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

心をこめて

 2026年 元旦

西谷公明


ノーベル兄弟の邸宅跡を訪れる
(2025年9月、バクーにて)

“カラシニコフ・インタビュー‘25”

 拝啓 師走の候。
 季節の進み方が早いと思う今日この頃です。

 去る11月10日から12日まで3日間、ロシアの有識者10人とZOOMで会見しました。この試みはパンデミック禍の2019年9月にスタートして、早や第6回目を数えます(日ロ学術報道専門家会議主宰)。

 会見の目玉は、ウクライナの政治学者K.ボンダレンコ氏でした。

 「今朝5時、国家汚職対策局の捜査官が100人を超える政財界要人の家宅捜索に入った」
 件の巨額汚職スキャンダルが報じられたのは、その翌日でした。

 今回、捜査を主導した国家汚職対策局(NABU)は、特別汚職対策検察(SAPO)と並んで、既存の検察・司法組織とは別に、大統領と政府、議会から独立した組織としてマイダン政変後、西側の要請で創設されました。

 同氏によれば、両組織は「アメリカ連邦捜査局(FBI)の監督下」にある由。本件は、トランプ米政権による政治的圧力の可能性が高いと私は見ています。ゼレンスキー政権が大きな苦境にあることは間違いありません。
 短いコラムを「巨大利権と化す西側支援」と題して書きました(時事配信11/25)。ご笑覧賜れば幸いです 詳細はこちら

 他方、ZOOM会見で、L.グドコフ氏(レヴァダ世論調査センター前所長)やA.コレスニコフ氏(政治ジャーナリスト)の発言には、リベラル派に属する人々の閉塞感が滲んでいました。

Q:プーチン政権は盤石か?
A:支持率は84%。状況は変わらない。情報空間が完全に管理されているし、国民は不満があっても黙っている。政権の不安定化も考えにくい。国民は忍耐強い。不満は自分の中にしまっている。経済が悪化したぐらいで政権が動揺することはない。

(L.グドコフ氏との会見から)


Q:「プーチンのロシア」で生きるとは?
A:社会の統制は個人生活までは及んでいない。市場経済が続いていることも救いだ。その点で全体主義とも異なる。ロシア社会はスターリン時代よりも、むしろ1930年代のナチズム下のドイツに似ているのではないか。ある人はロシアを離れ、ある人は残る。残った人々は影響力を持ち得ず、自らルールにしたがって、自分を守りながら生きる。

(A.コレスニコフ氏との会見から)

 また、経済について語ってくれたN.ズバレヴィツチ女史(モスクワ大学教授)は、端的な応答のニュアンスに、あきらめに似た思いを託しているようでした。

Q:(経済面から見て)いつまで戦争を続けることができると思うか?
A:ずっと長く。フランスの財政赤字をご覧なさい。ロシアのそれはGDPの3%。
Q:生活面で困ることは?経済が悪くなると国民の間に不満が広がるのでは?
A:まったくない。食料品も日用品も何でもある。不足はない。物価は上がるが、国民は無駄な消費を抑えて節約する。なぜインフレになったのか、深くは考えない。中銀のせいにする。

(N.ズバレヴィツチ女史との会見から)

 戦争そのものは、とうに煮詰まっています。また、ウクライナの戦時財政が窮していることは、先月記した通りです。「リソースはあと数ヵ月しかもたない」。11月はじめにゼレンスキー大統領が軍幹部との会議でそう発言したと、K.ボンダレンコ氏は述べました。

 したがって問題は、終わり方です。

 会見の抄録はこちらをご覧ください 詳細はこちら

 本オフィシャルサイトは、これまでお世話になった、あるいは一期一会のご縁に与かったすべての皆さまに宛てて、日頃のご無沙汰をお詫びしつつ、毎月1日にご挨拶に代えて更新しています。

 振り返ればこの1年、世界はトランプ、習、プーチンを軸に回転してきたように思います。米・中がG2として向き合って、日本を含む小さなG7有志たちを振り回す。他方、ロシアについて問題は、ウラジーミル・プーチンほどの政治指導者が他にいるように見えないこと。

 今年もいろいろお世話になりました。
 中国ウォッチャーの結城隆さんには、毎月、素晴らしい論考を寄せていただきました。この場を借りてお礼申し上げます。
 少し早いですが、メリークリスマス!
 そして、穏やかな年の瀬でありますように!

心をこめて

 2025年12月1日

西谷公明


イエロー&ブルー
講演を終えた帰り道で

プロフィール

西谷 公明(にしたに ともあき)

1953年生まれ

エコノミスト
(合社)N&Rアソシエイツ 代表

<略歴>

1980年 早稲田大学政治経済学部卒業

1984年 同大学院経済学研究科博士前期課程修了(国際経済論専攻)

1987年 (株)長銀総合研究所入社

1996年 在ウクライナ日本大使館専門調査員

1999年 帰任、退社。トヨタ自動車(株)入社

2004年 ロシアトヨタ社長、兼モスクワ駐在員室長

2009年 帰任後、BRロシア室長、海外渉外部主査などを経て

2013年 (株)国際経済研究所取締役・理事、シニア・フェロー

2018年 (合社)N&Rアソシエイツ設立、代表就任

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    JOIグローバルトピックセミナー

    「ロシア・ウクライナ戦争-霞む和平」

    2025年11月13日 海外投融資情報財団

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    2025年11月7日,21日,28日,12月5日,12日(5回シリーズ)

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著 書

  • ウクライナ 通貨誕生-
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    ウクライナ 通貨誕生-
    独立の命運を賭けた闘い

    岩波現代文庫、2023年1月

  • ロシアトヨタ戦記

    著 書

    ロシアトヨタ戦記

    中央公論新社、2021年12月

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    目次

    プロローグ
    第一章 ロシア進出
    第二章 未成熟社会
    第三章 一燈を提げて行く
    間奏曲 シベリア鉄道紀行譚
    第四章 リーマンショック、その後
    エピローグ
    あとがき

  • ユーラシア・ダイナミズム-

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    ユーラシア・ダイナミズム-
    大陸の胎動を読み解く地政学

    ミネルヴァ書房、2019年10月

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    目次

    関係地図
    はしがき-動態的ユーラシア試論
    序 説 モンゴル草原から見たユーラシア
    第一章 変貌するユーラシア
    第二章 シルクロード経済ベルトと中央アジア
    第三章 上海協力機構と西域
    第四章 ロシア、ユーラシア国家の命運
    第五章 胎動する大陸と海の日本
    主要参考文献
    あとがき
    索 引

  • 通貨誕生-ウクライナ独立を賭けた闘い

    著 書

    通貨誕生-
    ウクライナ独立を賭けた闘い

    都市出版、1994年3月

    詳細を見る

    目次

    はじめに
    序 章 ウクライナとの出会い
    第一章 ゼロからの国づくり
    第二章 金融のない世界
    第三章 インフレ下の風景
    第四章 地方周遊~東へ西へ
    第五章 ウクライナの悩み
    第六章 通貨確立への道
    第七章 石油は穀物より強し
    終 章 ドンバスの変心とガリツィアの不安
    後 記
    ウクライナ関係年表

研究調査

ロシア、ウクライナ研究をオリジナル・グラウンドとし、 ユーラシア全体をキャンバスとする広域的なテーマを中心にして実践的な研究調査をおこなっています。

講 演

「ロシアとウクライナ」を軸として、冷戦終結後の30年を振り返りつつ、(一社)内外情勢調査会をはじめさまざまな場所で、心に響く講演を心がけて発信しています。

西谷公明オフィシャルサイト
Tomoaki Nishitani official site

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