“ウクライナ支援、33億ドル融資に異議あり”

 冠省 原油価格が暴落すれば、ロシア経済は瓦解するでしょう。
 油価は需給で決まります。鍵をにぎるのは、サウジアラビアだろうと思います。

 ソ連が崩壊した時もそうでした。当時、同国が原油の増産へ動いた事実を、米国のソ連経済学者、故マーシャル・ゴールドマンは指摘しています(『石油国家ロシア』 日本経済新聞出版社)。
 米国大統領選挙でハリス副大統領と争うトランプ前大統領の秘策も、そこにあるのかもしれません。

 トランプ候補はまず、米国の環境規制を緩めて、シェールオイルの増産を促すでしょう。
 同時に、サウジアラビアのムハンマド皇太子にディールを持ちかけて、増産に転じるよう働きかける?

 ロシアも加わる石油輸出国機構(OPEC)プラスの枠組みに風穴をあける。それは、ロシアがウクライナ侵攻を開始してまもない2022年7月に、バイデン大統領が一度は試みて失敗したことでした。米国の“増産”要請に、OPECプラスは協調“減産”で応えました。油価が下げ止まる理由です。

 他方、アメリカのウクライナ関与は、バイデン・マターとして始まりました。バイデン大統領なればこそのウクライナ支援でもありました。その一時代に、たそがれが迫ろうとしています。

 10月下旬、G7(西側主要7ヵ国)政府は、制裁によって差し押さえたロシア中銀資産(総額約2800億ドルの外貨準備)の運用益を返済原資として、向こう3ヵ年にわたる総額500億ドル(約7.5兆円)のウクライナ融資に合意しました(「融資」と言われれば聴こえはいいですが、ウクライナ側に返済義務はありません)。大統領選挙の結果が出る前に、バイデン政権が実施を急いだ感は否めません。

 第一トランシェは12月に実行されます。日本も国際通貨基金(IMF)や世界銀行(WB)を経由して、総額33億ドル(財政・復興支援として、なんと約5000億円と巨額です)を貸し付けます。

 「(凍結資産の運用益で返済されるので)国民に追加の負担をかけることはない」
 記者会見で加藤財務相はそう言って釈明しますが、貸し出したお金が焦げ付くリスクはきわめて高いと言わざるを得ません。

 なにしろ、たとえ近い将来戦争が終わっても、ロシアが損害を賠償するまで差し押さえた資産を返さないことを、G7と欧州連合(EU)で決めたのだそうです。その運用益で、10年以上かけて出資国に返済されるそうですが、不確実な未来のそれを、いったい誰が保証してくれるというのでしょう(当のアメリカに、それができないというのでは話にもなりません)。

 しかも、凍結資産の多くを管理するEUは制度上、すべての制裁条項とその内容を、全加盟国の合意のもとに半年ごとに更新する必要があるというのです。途中で空中分解することも織り込んだうえでの実施ということかもしれません。

 いずれにせよ、真っ当な金融機関の審査部ならば、まず通らない灰色の融資スキームを押し通した「合意」に対し、この場を借りて異議を申し立てたいと思います。

 最後に、10月につづき、9月中旬におこなったロシア人有識者とのオンライン会見の抄録(後編)を掲載します。

 現下の情勢を鑑みますに、中国ウォッチャーのA.マスロフ氏、ソウル在住の朝鮮半島情勢アナリスト、国営チャンネル1の看板番組「グレート・ゲーム」キャスター、D.サイムズ氏の発言は示唆に富んでいます。
 皆様のご関心に、いささかなりとも応えるものであったならば幸いです 詳細はこちら

 少し長くなりました。季節の変わり目です。どうぞご自愛くださいますように。

心をこめて

 2024年11月1日

西谷公明


スカイツリーとコスモス
(荒川河川敷にて)

近況ご報告とお知らせ”

前略 今月は事情により、一週間遅れの更新となりました。
皆様には、恙なく、益々ご清祥のことと拝察します。

 私事になりますが、8月30日に米国ロサンゼルス(LA)で講演に招かれたのを機に、2週間ほど西海岸で過ごしました。

 講演会場のホテルは“ドジャーズ”観戦に訪れた日本人旅行者でにぎわい、小さな国土でせっせと蓄えた国富の“安い円”が、かくも空しく吸い取られていく様に苦い思いを禁じ得ませんでした。

 アメリカ経済は何やかや言っても西側経済のセンターとして繁栄していること、また折しも二人の大統領候補によるTV討論がおこなわれた日、人々がパブリックビューイングで真剣に聴き入る様を見て、民主主義の本場にいることをあらためて感じた次第です。

 他方、帰国後、9月18日(水)から20日(金)まで3日間、ロシアの政治・経済、軍事・外交、国際問題を専門とする12人のロシア人有識者とZOOMで会見しました(日ロ学術報道専門家会議主宰)。

 抄録を今月と来月の2回に分けて掲載します。今月は政治・経済・社会を中心に、A.コレスニコフ氏(「ノーヴァヤガゼータ・モスクワ」編集委員)、L.グドコフ氏(「レヴァダセンター」前代表)はじめ、現代ロシアを代表するリベラル派識者たちの見方と思いをまとめました。皆様のご関心に、いささかなりとも応えるものであれば幸いです。
詳細はこちら

 また11月には、早稲田大学エクステンションセンターの公開講座で、「ロシアとウクライナ、ふたつの国のこの30年」と題して3回にわたって講演する予定です(6、13、20日の各水曜日)。

 ロシア・ウクライナ戦争は3度目の冬を迎えようとしています。
 素朴な疑問として、一体全体、<どうしてこんなことになってしまったのか>
 いまは反目し合うふたつの国は、<もともとどういう間柄だったのか>。ロシアが内に宿す「野性」についての考察は脇へ置くとして、<この戦争の根っ子はどこにあるのか>

 あるいは、<そもそもウクライナとはどういう国なのか>
 ロシアが欧米世界から孤立し、あたかもクマが雪原に紅く血を滴らせながらタイガの森の奥へと帰っていくように、国際社会における影響力を失っていくことはほぼ間違いないとして、果たして<ウクライナはこれから先も、現在のままの国で在り続けられるのか>

 ロシアとウクライナのこの30有余年を、私自身が現場で目撃し、肌で感じてきたことを交えて振り返りつつ、東スラブのふたつの国の過去、現在、これからと、私たちが生きる時代の地平を照らしてみたいと思います。

 第一回 誰にウクライナが救えるか
 第二回 ロシア、ユーラシア国家の命運
 第三回 歴史は4度繰り返すか
 詳細はこちら

 最後に、時事通信社への寄稿も、併せてご笑覧いただければ幸甚です。
 詳細はこちら

 季節の変わり目、どうぞご自愛くださいますように。

心をこめて

 2024年10月8日

西谷公明


カリフォルニア、サンタバーバラの街角にて

プロフィール

西谷 公明(にしたに ともあき)

1953年生まれ

エコノミスト
(合社)N&Rアソシエイツ 代表

<略歴>

1980年 早稲田大学政治経済学部卒業

1984年 同大学院経済学研究科博士前期課程修了(国際経済論専攻)

1987年 (株)長銀総合研究所入社

1996年 在ウクライナ日本大使館専門調査員

1999年 帰任、退社。トヨタ自動車(株)入社

2004年 ロシアトヨタ社長、兼モスクワ駐在員室長

2009年 帰任後、BRロシア室長、海外渉外部主査などを経て

2013年 (株)国際経済研究所取締役・理事、シニア・フェロー

2018年 (合社)N&Rアソシエイツ設立、代表就任

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  • 復 刊

    ウクライナ 通貨誕生-
    独立の命運を賭けた闘い

    岩波現代文庫、2023年1月

  • 著 書

    ロシアトヨタ戦記

    中央公論新社、2021年12月

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    目次

    プロローグ
    第一章 ロシア進出
    第二章 未成熟社会
    第三章 一燈を提げて行く
    間奏曲 シベリア鉄道紀行譚
    第四章 リーマンショック、その後
    エピローグ
    あとがき

  • 著 書

    ユーラシア・ダイナミズム-
    大陸の胎動を読み解く地政学

    ミネルヴァ書房、2019年10月

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    目次

    関係地図
    はしがき-動態的ユーラシア試論
    序 説 モンゴル草原から見たユーラシア
    第一章 変貌するユーラシア
    第二章 シルクロード経済ベルトと中央アジア
    第三章 上海協力機構と西域
    第四章 ロシア、ユーラシア国家の命運
    第五章 胎動する大陸と海の日本
    主要参考文献
    あとがき
    索 引

  • 著 書

    通貨誕生-
    ウクライナ独立を賭けた闘い

    都市出版、1994年3月

    詳細を見る

    目次

    はじめに
    序 章 ウクライナとの出会い
    第一章 ゼロからの国づくり
    第二章 金融のない世界
    第三章 インフレ下の風景
    第四章 地方周遊~東へ西へ
    第五章 ウクライナの悩み
    第六章 通貨確立への道
    第七章 石油は穀物より強し
    終 章 ドンバスの変心とガリツィアの不安
    後 記
    ウクライナ関係年表

研究調査

ロシア、ウクライナ研究をオリジナル・グラウンドとし、 ユーラシア全体をキャンバスとする広域的なテーマを中心にして実践的な研究調査をおこなっています。

講 演

ロシア情勢、ウクライナ情勢を中心に、現地での経験談や苦労談などを織り交ぜながら、わかりやすい講演を心がけています。最近の演題例は次のとおりです。

「わが体験的ロシア・ウクライナ論-砲声止まぬユーラシアを想う-」
「『陸と海の地政学』から紐解く-日本経済の今後と企業経営の課題-」 「ロシアとウクライナ-終わらない戦争の現在地」

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西谷 公明

合同会社 N&R アソシエイツ 代表

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