“コーカサス、中央アジアの旅から”

 前略 中東のドーハ(カタール)から入り、最後は天山山脈を越えて仁川(韓国)へ抜けました。

 アゼルバイジャンの首都バクーは別名「風の街」とも言われます。夏にはカスピ海から風が吹き抜け、冬にはコーカサス山脈から冷たい風が吹き下ろします。

 バクーからジョージアの首都トビリシへ来ると、通りをいくクルマが一変したのは驚きでした。バクーのハイウェイがBYDやChanganなどほとんど中国の新車一色(ただし、その大半は並行輸入車で、中国製トヨタ車も例外ではありません)だったのが、トビリシ市街はVWやPEUGEOTをはじめヨーロッパの中古車で溢れていました。

 これを「中国経済の浸透」 vs 「ヨーロッパの外縁」という地肌の違いと見るべきか、はたまた「持てる国」 vs 「持たざる国」のコントラストと見るべきか。
 いずれにせよ、コーカサス山脈を境に景色が一変したのは興味深いことでした。東風と西風が山脈にさえぎられて、ある種の「吹き溜まり」をつくっているようにも感じられた次第です。

 いまや、中国経済はユーラシアをすっぽりと覆っています。
 中央アジアのカザフスタンへは2024年5月にも訪れました。そのとき現地のAstana Motors社がアルマティ郊外に建設中だった中国車のマルチブランド工場(能力10万台)が9月上旬にラインオフしました。
 驚いたことに、同社は新たにBYD車の現地生産を準備していました。

 他方、旅の途中、反プーチンの厳しい声をあちこちで聞きました。プーチン大統領はウクライナとの戦争には勝つかもしれません。けれどもウクライナだけでなく、同時にコーカサスや中央アジアの人々の期待と信頼をも失いました。

 ゼレンスキー大統領の狙いどおり、戦争はいよいよヨーロッパ大陸を巻き込みつつあるようです。砲弾を満載したドイツの軍用トラックが車列をなしてウクライナ国境へ向かう光景を見て思わず酔いが覚めた、とは旅の途中、ワルシャワ在住の友人から届いたメールでした。

 ヨーロッパにとり、戦争は紛れもないリアル(=現実)になりました。ヨーロッパの政治リーダーたちがやめようとしない限り、この戦争は終わらないでしょう。トランプ大統領の国連総会での発言は、多くの専門家が言う「方針転換」ではなく、この戦争から「手を引いた」ということかもしれない、と私は疑っています。

 そういうわけで、残念ながら、「はざまの国」の戦争はこれから先も続きそうです。

 ところで、ウクライナに対する財政支援を国・地域単位でみた場合、アメリカが支援を停止したいま、日本が欧州連合(EU)に次ぐ第二のドナーになっている現実(国単位では第一位、独キール世界経済研究所「ウクライナ支援追跡調査」)は報じられません。日本はアジアの平和主義国家としての立ち位置を検証し、ヨーロッパがおこなう戦争とは一線を画す必要がある、と私は考えています。

 最後に、11月10日(月)から12日(水)まで3日間、ロシアの専門家に呼びかけてZOOMインタビューをおこないます(日ロ学術報道専門家会議主催)。
 コロナ禍だった2020年9月に始めて以来、早や第6回。継続は力なりと言います。今回はウクライナからコンスタンチン・ボンダレンコ氏にもご参加いただけることになりました。抄録を12月の本サイトで公開する予定です。ご期待ください。

 また、先月の本サイトでもご案内した母校早稲田大学のエクステンションセンターにおける公開講座 (➡詳細はこちら) に加えて、11月13日(木)午後、海外投融資情報財団(JOI)主催のグローバルトピックセミナーに登壇します(オンライン併用)。
 ともに、ロシアによるウクライナ侵攻が始まって以来、この3年間におこなってきた講演活動の、いわば集大成として準備する考えです。どうぞ宜しくお願いいたします。

 本オフィシャルサイトは、これまでお世話になった、あるいは一期一会のご縁に与かったすべての皆さまに宛てて、日頃のご無沙汰をお詫びしつつ、毎月1日にご挨拶に代えて更新しています。

 10月末まで、米西海岸フリモントで過ごします。
 にわかに秋らしくなりました。時節柄、くれぐれもご自愛くださいますように。

心をこめて

 2025年10月1日

西谷公明


機上から白銀のコーカサス山脈を眺める
(山脈の向こうはロシア)

高台からトビリシ市街を一望する

“「はざまの国」の戦争と平和”

前略 歴史としてしまうには、ほんの昨日のできごとのようではあります。

 先の千年紀も終わりに近い1991年12月、東西冷戦終結後のヨーロッパの東のはずれ、ソ連崩壊後の西のさかいに生じた空白にウクライナという国が現われました。

 その広さはなんとヨーロッパ最大で、東の国境線は、冷戦に敗れて傷ついたロシアの脇腹を深く抉(えぐ)ります。しかも、そこに純粋にウクライナ的な人々と、ロシアとの絆をよすがとして生きる人々が混然として暮らします。そして、340年の長きにわたった「ロシアのくびき」から逃れるように独立しました。

 それだけで、このウクライナの誕生とその後が、冷戦終結後(この言葉自体、いまでは遠い響きになりました)のヨーロッパと、ソ連崩壊後のロシアの行方に関わる重大な火種になり得ることを知るのに十分でした。

 独立後、この国は西からヨーロッパ化の波が堰(せき)を切ったように押し寄せるなかで、かたや東へつなぎとめようとするロシアの思惑とのせめぎあいで揺れます。将来の欧州連合(EU)への加盟が人々の希望となる一方で、北大西洋条約機構(NATO)の東方への拡大は、ロシアの猜疑心を煽り、欧米世界に対する警戒心を呼び覚まします。

 いきおい政治は地政学的な選択と、民族主義の圧力に突き動かされて安定を欠きました。社会主義は歴史の遺物になりましたが、それに代わる新しい社会は実現されず、経済は豊かな可能性を生かせないまま低迷しました。
 やがて30年後、ロシアはウクライナへの軍事侵攻を開始します。

 「はざまの国」の舵取りはむずかしい、とあらためて思います。
 ロシアによるウクライナ侵攻が始まって以来、この3年間におこなってきた講演活動の、いわば集大成として、母校早稲田大学の公開講座で 『誰にウクライナが救えるか-“はざまの国”の戦争と平和について考える』 というテーマで、11月から12月にかけて5回にわたって講演する予定です。

 ロシアとウクライナは、またどうしてこんなことになってしまったのか?
 ウクライナの人々のもとに平穏な日常が戻るのは、いったいいつのことなのか?
 あるいは、そもそもウクライナとはどういう国なのか?そして、ロシアはどこへ向かうのか?

 私が見てきた、ふたつの国のこの30有余年。「はざまの国」の地政学をタテ糸に、私自身の経験とエコノミストの視点をヨコ糸に、この戦争が問う意味とその奥行きを照らしてみたいと思います。同時にそれは、日本の「戦後80年」に寄せて、変わりゆく世界の「現在地」を直視することでもあります。

 [公開講座] 早稲田大学エクステンションセンター
 (➡詳細はこちら)

 ウクライナの安定はウクライナ人にしかできません。コウノトリが棲む国の「主体的な永世中立」という選択肢。ひとりでも多くの方々に宛ててお話したいと思っています。
 どうぞ宜しくお願いいたします。

 最後に、結城隆さんにお願いして、中国自動車産業の近況をレポートしていただきました(中国ウォッチ)。中国の電動車(EV)と自動運転テクノロジーは津波のように大陸を席巻しています。クルマが白物家電化する日も近いかもしれません。9月後半に中央アジアとコーカサスを旅する予定です。

 本オフィシャルサイトは、これまでお世話になった、あるいは一期一会のご縁に与かったすべての皆さまに宛てて、日頃のご無沙汰をお詫びしつつ、毎月1日にご挨拶に代えて更新しています。

 まだまだ暑い日々がつづきます。
 時節柄、くれぐれもご自愛くださいますように。

心をこめて

 2025年9月1日

西谷公明


街のカフェーで(2017年5月、キーウ)

プロフィール

西谷 公明(にしたに ともあき)

1953年生まれ

エコノミスト
(合社)N&Rアソシエイツ 代表

<略歴>

1980年 早稲田大学政治経済学部卒業

1984年 同大学院経済学研究科博士前期課程修了(国際経済論専攻)

1987年 (株)長銀総合研究所入社

1996年 在ウクライナ日本大使館専門調査員

1999年 帰任、退社。トヨタ自動車(株)入社

2004年 ロシアトヨタ社長、兼モスクワ駐在員室長

2009年 帰任後、BRロシア室長、海外渉外部主査などを経て

2013年 (株)国際経済研究所取締役・理事、シニア・フェロー

2018年 (合社)N&Rアソシエイツ設立、代表就任

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著 書

  • ウクライナ 通貨誕生-
    復 刊

    ウクライナ 通貨誕生-
    独立の命運を賭けた闘い

    岩波現代文庫、2023年1月

  • ロシアトヨタ戦記

    著 書

    ロシアトヨタ戦記

    中央公論新社、2021年12月

    詳細を見る

    目次

    プロローグ
    第一章 ロシア進出
    第二章 未成熟社会
    第三章 一燈を提げて行く
    間奏曲 シベリア鉄道紀行譚
    第四章 リーマンショック、その後
    エピローグ
    あとがき

  • ユーラシア・ダイナミズム-

    著 書

    ユーラシア・ダイナミズム-
    大陸の胎動を読み解く地政学

    ミネルヴァ書房、2019年10月

    詳細を見る

    目次

    関係地図
    はしがき-動態的ユーラシア試論
    序 説 モンゴル草原から見たユーラシア
    第一章 変貌するユーラシア
    第二章 シルクロード経済ベルトと中央アジア
    第三章 上海協力機構と西域
    第四章 ロシア、ユーラシア国家の命運
    第五章 胎動する大陸と海の日本
    主要参考文献
    あとがき
    索 引

  • 通貨誕生-ウクライナ独立を賭けた闘い

    著 書

    通貨誕生-
    ウクライナ独立を賭けた闘い

    都市出版、1994年3月

    詳細を見る

    目次

    はじめに
    序 章 ウクライナとの出会い
    第一章 ゼロからの国づくり
    第二章 金融のない世界
    第三章 インフレ下の風景
    第四章 地方周遊~東へ西へ
    第五章 ウクライナの悩み
    第六章 通貨確立への道
    第七章 石油は穀物より強し
    終 章 ドンバスの変心とガリツィアの不安
    後 記
    ウクライナ関係年表

研究調査

ロシア、ウクライナ研究をオリジナル・グラウンドとし、 ユーラシア全体をキャンバスとする広域的なテーマを中心にして実践的な研究調査をおこなっています。

講 演

「ロシアとウクライナ」を軸として、冷戦終結後の30年を振り返りつつ、(一社)内外情勢調査会をはじめさまざまな場所で、心に響く講演を心がけて発信しています。

西谷公明オフィシャルサイト
Tomoaki Nishitani official site

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